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「シェルブールの雨傘」

前回はダグラムのことを次から書く、という趣旨の記事やったけど、
その前にどうしても紹介したい作品があるんで、
まずそれを紹介したい。

そのひとつは
「シェルブールの雨傘」

あらすじ:(作品は三部構成)



第一部「旅立ち」 1957年11月―

フランスのとある町、シェルブール。ここで暮らす自動車整備工の青年ギィと
傘屋(シェルブール雨傘店)の店主の娘ジュヌヴィエーヴは恋人同士。ふたりは
将来の夢を語り合い、結婚を約束する。しかし、ジュヌヴィエーヴの母は娘が
未成年であり、あまりに若いことを理由に二人の仲を認めようとはしない。
ギィは徴兵令によって2年間の兵役を務めることとなった。それは恋人同士が
離れることをも意味する。別れる悲しみを胸に愛し合う二人。次の日、ギィは
自分を育ててくれた伯母、その世話係のマドレーヌ、そしてジュヌヴィエーヴに
しばしの別れを告げ、故郷を発つ。ときはアルジェリア戦争の最中……。


第二部「不在」 1958年1月―

未婚の身であるジュヌヴィエーヴはギィの子を妊娠していた。彼女は子を産むことを
決心するが、世間的な目や経済的な問題からみて、それは難しい問題であった。
そんな彼女の前に現れたのは宝石商のローラン。彼は以前、金銭の問題で困っていた
ジュヴィエーヴの店を助けてくれたことがあり、その頃より傘屋の娘である彼女に
恋心を抱いていたのである。母は家のためにもローランとの結婚をうながすも、
ジュヌヴィエーヴの心の中には常に愛する人、ギィが居た。けれども、戦地にいる
彼からの手紙は途絶えがち。一方、彼女に求婚を迫っていたローランは頻繁に手紙を
届け、他の男の子どもを妊娠しているジュヌヴィエーヴを受け入れようとしている。
その心の広さに、ギィからの手紙が来なくなったことから、とうとう彼女はローランとの
結婚を承諾してしまう……。


第三部「帰還」 1959年1月―

戦争から帰って来たギィ。彼は自分を捨ててジュヌヴィエーヴが他の男と結婚した事実を
受け入れられなかった。それゆえに自暴自棄に陥ってしまう。そして、彼に不幸が起きる。
伯母が病で亡くなったのである。天涯孤独の身となったギィ。伯母を世話していた女性、
マドレーヌは家を出ていこうとするが、ギィはそんな彼女を引き止める。マドレーヌは
家に残り、やがてギィと結婚する。

時が経ち、1963年のある冬。
ギィは伯母の遺産でガソリンスタンドの店を興し、妻と子供と三人で幸せに暮らしていた。
子どもの名前はフランソワ。

ガソリンスタンド――それはかつて、ギィとジュヌヴィエーヴが夢見たもの……。

子ども――ギィとジュヌヴィエーヴは、子供が生まれたら、男の子なら「フランソワ」
     女の子なら「フランソワーズ」にしようと決めていた……。

夜、マドレーヌはフランソワを連れて買い物に出かけた。店の中にはギィひとり。
ある一台の車が給油にやってくる。その運転手はなんとかつての恋人ジュヌヴィエーヴ。
彼女は小さな女の子を車に乗せていた。娘の名前はフランソワーズ。二人は会話を交わす。
給油が終わり、スタンドから出ていくとき、彼女はギィに「幸せ?」と尋ねる。
頷くギィ。そんな彼を見て、ジュヌヴィエーヴは切なそうな表情を見せ、車に乗り込む……。








映画は1時間半と、そこまで長くはないが、ドラマの凝縮度は半端ない。
なによりもこの作品の凄いところは、


登場人物の感情やセリフをすべて

「歌」と「音楽」であらわしていること



そう、本作はミュージカルなのだ!!!



けれども、「サウンド・オブ・ミュージック」や「チキチキ・バンバン」とは
趣旨が全く異なる。

従来のミュージカル映画の映画的文法は

ドラマ(=人間模様)から音楽・歌へと移行するものであった。

だが、この作品はほぼノンストップで音楽と歌が流れる。役者はハデなダンスなどを
踊ったりはしない。抑えた動きで歌を歌っているのだ。

そこが、私にとっては新鮮に思えた。
と、いっても、この作品は45年も前のヤツであり、とても古いものである。
「新鮮」という言葉が当てはまるかは正直なところビミョーである。







まぁ、そんなことはどうでもいいか(笑)









第一部について、ここではそれぞれの人間的性格などが描かれている。
ギィとジュヌヴィエーヴのラブラブな関係、それを好ましく思わない母親、
伯母の世話係マドレーヌのギィを見る目。
思えば、これは第三部のラストの伏線なのかもしれない。
マドレーヌは伯母を世話するなかで、ギィに恋心を抱いていたのだろう。
しかし、ギィにはすでに恋人が居る。
あの寂しそうな表情が語るもの――それが第三部でギィの呼びかけに
応じて家に残るルートに繋がっていく。

マドレーヌとギィは結ばれ、ふたりの間には子どもができた。
ラストシーンで、かつての恋人ジュヌヴィエーヴの質問に、ギィは幸せと
応えるが、彼は本当に幸せだったのだろうか。

ギィの奥さんとなったマドレーヌは幸せだろう。だって、片想いの相手と
結ばれたのだから。

主人公であるギィがマドレーヌと結婚した理由……それは明らかではない。
彼女を愛したから結婚したのか、それとも恋人を失った反動で、必然的に
マドレーヌと……。

いくらでも想像ができる。だが、映画ではギィの心の奥底は深く描かれない。

代わりに、ラスト数分で明らかとなったこと、
それはジュヌヴィエーヴの愛。

彼女はやむなく宝石商と結婚した。それは愛のない結婚である。
仕方なしに結婚したのだ――それは利己的なものだ。男にとって、ギィにとって
許せるものではなかっただろう。
第一部において、否、第二部においてもジュヌヴィエーヴは純真な女性であった。
それが数年でフツーの女に、どこにでもいるようなとるにたらない女になった。

ジュヌヴィエーヴのギィと再会した際のあの目、
きっと彼女はギィとの関係を修復したかったのだろう。でも、それは叶うことなく終わる。




あまりに切なく哀しい。
どうして、あんなに愛し合っていた二人が別れねばならなかったのか。

悲恋ものの作品として私はロミオとジュリエットを思い出した。が、あれは
お互いが「死」ぬことで結ばれている。アイーダもそうである。

シェルブールの雨傘は違う。
どちらも生きたまま別れる。それはどういうことか。

ずっと過去を、愛し合ったこと、それなのに別離した記憶を背負って生きていくと
いうことである。

それは決して幸せとはいえない気がする。






その切なさを、悲しさを引き立てるのが音楽。



本作の担当者はミシェル・ルグラン。フランス映画の巨匠で、
のちに彼は本作の監督であるジャック・ドゥミと何度かタッグを組むこととなる。


本作のメインテーマはアメリカや日本でカヴァーされている。







けど、サントラの原曲の持つあの悲しさを再現できていない気がするのは気のせいか…。



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黒 紅 茶

Author:黒 紅 茶
どこかの田舎っぺです。
ブログタイトルの“Of”は
飾りです。偉い人にはそれが
分からないのです(苦笑)
詳しくは「はじめに」を
読んでくださいな。

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