スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「いのちの食べかた」

卒業制作にむけての準備をなぜか今やっているこの頃。
まだあと1年半近く猶予があるはずなのに……

ちょっと早すぎるかなぁ(汗)
でも、専攻が専攻だからね……。



でまぁ、卒業制作に関連(?)して……


今回は森達也氏の『いのちの食べかた』を紹介したい。




「よりみちパン!セ」という、小・中学生向け?のシリーズ本だが、
内容は骨太!

大人でも読み応えじゅうぶんの本なのだ……。
本の内容:

豚肉や牛肉。これらがどのようにしてスーパーの売り場に並べられるのか、
どういう風にして豚肉・牛肉として加工されるかを描くと同時に、
日本における精肉工場と、その裏にある部落差別の問題について描いた
子供向けのノンフィクション的作品。



表紙やページの挿絵はとてもかわいらしく、見ているとなにか親しみが
湧いてくる。しかし、文章を読むと、その効果に戦慄する。

つまり、文で書かれている内容と絵とのギャップの差が激しいということだ。





例えるならば、そう……

ハ○太郎がナイフで
大将くんをメッタ刺しにするような









って……言ってる意味がわからないか(苦笑)







私たちは生活の中で様々な食べ物を口にしている。それらをひとつひとつ
例にして出せばあまりにキリがない……。

また、私たちは、私たちが普段口にしている食べ物についてあまり考えたりしない。


考えるとしても、
「この料理の味付けはどうやったのかな?」
「どうしたら、こんな料理をつくれるのだろうか?」


といったことぐらいだろう。



テーブルに並べられているステーキはが山田さんの牧場で飼われていた
牝牛のみ~ちゃんだった……


なんてこと考えるはずない。
いや、誰も考えたくはないだろう。




食事という行為を私たちは生活のなかで深く考えようとはしない。
当たり前の――自明のものとして流している。
ご飯を食べるということが、別の生命を奪う行為だと、誰が考えられようか。


本書はそういう――誰も考えようとはしない問題を取り上げている。
いうなれば、ダークサイドの問題だ。



ダークサイド(暗部)の問題と化した要因。
作者はそれを説明するために部落差別の歴史を解説している。
かつての精肉業は被差別部落の人々によって行われていたのだと言う。


なぜ、被差別部落の人々がそのようなことをするのか。
答えは明白である。
精肉業が「けがれ」の仕事とみなされていたからに他ならない。


けがれ――

日本史などでたびたび登場し、小・中の人権教育の現場でも出てくる言葉。
いまさら説明するひつようのないキーワード。


当時の庶民は、けがれた仕事を請け負う人々――被差別部落の人々に対し、
差別的感情を抱いていた。彼らは人間以下の扱いをも受けていたという。







……精肉、つまり豚や牛の肉を食用に加工すると言う事は、

殺生をする、ということである。

殺生は仏教思想などにおいて禁止された事柄である。
そういうことがあってか、忌避すべきものと見なされていた。
行為のみならず、その業に従事する人々も含めて……。


肉を食べたい。けれども、自分たちの手で動物を殺すのはいやだ。

そこで白羽の矢が立ったのは被差別部落の人なのである。

彼らのおかげで肉を食べることができたのに、被差別部落の民衆を
「汚いもの」「けがれたもの」として当時の人々は差別していたのだ。


明らかな矛盾である。
だが、そういうことに気がつく人は少ない。
誰もが都合のいいことばかりに目をむけているのだから、仕方がないといえば
それまでのものである。


私たちにとって、豚肉や牛肉は調理して食べるものである。

けれども、その前提条件である
「と殺=殺す」
という概念は存在しない。

……おまけに、動物の肉はよく食べるのに、自分で殺し、加工することはいやだと、
残酷だから殺したくないときている。


あれこれ政権批判をやっておきながら、いざ自分たちがその座についたら
何もできない某政権みたいである。







この本を読んでいると、

食人族におけるラストの台詞がふと思い浮かんでしまう。
そこで描かれた、未開人以上に残虐な文明人の姿も……。








きれい
とか、
残酷
とか、

そういう感情表現・形容詞を抜きにして、

事実として、

どうして、私たちは、他の動物の命を奪って生きているという事実から
目をそむけてしまうのだろうか……?





最後のページで、森氏は読者につぎのようなメッセージを述べている。


「僕たちは肉を食べる。つまり生きていた動物たちを食べるということだ。だから、彼らを殺しているのは僕たちなんだ。もしもそれが嫌ならば、ベジタリアンになることだ。でも植物だって、じつは「いのち」であることに変わりはない。僕らは生きるために、ほかの「いのち」を犠牲にするしかない。「いのち」はそのように生まれついた。僕たちはそうやってほかの「いのち」を犠牲にしながら、おいしいものを食べ、暖かい家に住み、快適で便利な生活を目指してきた。

 その営みを否定する気はない。でもならば、せめてほかの「いのち」を犠牲にしていることを、僕らはもっと知るべきだ(以下略)。







今、日本の食糧の廃棄率はとんでもない数に膨れ上がっている。
その事実は同時に、人間によって殺された動物たちの肉がゴミとして廃棄されていることを
暗に示している。

(参考URL↓↓↓)
http://www.chikyumura.org/environmental/earth_problem/food_crisis.html

http://www.maff.go.jp/j/study/syoku_loss/01/pdf/data2.pdf







私たちはそれに気がつかなければいけないんじゃないだろうか、と思う次第だ。




今回もいつも以上につたない文章であるが、
この辺で終えようと思う。


(↑)皆さまの清き一票をどうか!!!
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

Secret

プロフィール

黒 紅 茶

Author:黒 紅 茶
どこかの田舎っぺです。
ブログタイトルの“Of”は
飾りです。偉い人にはそれが
分からないのです(苦笑)
詳しくは「はじめに」を
読んでくださいな。

↓↓ポチッとな↓↓
QRコード
QR
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
FC2カウンター
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
384位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
186位
アクセスランキングを見る>>
最新コメント
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
お気に入りリンク集
Web page translation
検索フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。