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「世界屠畜紀行」

大学のある作家先生から紹介された本についての
レビューをやってみたいと思う。

本のタイトルは『世界屠畜紀行』、著者は内澤旬子。
解放出版社というところから出された。出版社名から
左翼的なイメージを受け取るかもしれないが、ぜんぜんそういう
エッセンスがない本である。


本の内容:

どのようにして動物は殺され、食肉となり、人間によって
食べられるのか。そのことに素朴な疑問を抱いた著者は
韓国、バリ島、エジプト、アラブ地方、チェコ、モンゴル……。
あちこちの屠殺現場を回り、実地体験と食事を行った。
そのことについて、イラストを交えて紹介するルポルタージュ。






この本を紹介した先生曰く、
「作者は(屠殺を)面白おかしく書いているのよね……」

そして、その方の言うとおりの文章であった。
こういう本だと、動物が殺される現場を書き記すとき、それらしい文章を
書いて、現場の生々しさとかを演出するのだが、この作者の文章は“ライト”である。

ライトは“軽い”とは違う。
やわらかい…というべきか。

淡々と描いている感じもあるが、どこか楽しんでいる感じもある。ワクワクしてるというか…。

ある意味、異常である。だが、そこが本文の魅力というべきところかな。
ふつう、動物が殺される現場をみて平然としていられる人間なんて、業者の方とかを除けば
いないだろう。著者の内澤氏は自ら率先的に死の現場に繰り出し、ただスケッチと記録を行う
だけでなく、体験も行う。殺した動物も食べる。

それは、ある意味で当たり前のことといえるのだが、一方で当たり前とも言えない。
(※論理的に矛盾している言葉であることは分かる…感性で理解してほしいかな……)

たぶん、こういう感覚をもつのは、私が動物の死の現場に立ち会っていないからだと思う。
動物というのは、牛や羊、犬や猫とか、そういう大きな動物の事だ。映像とかでなら、
一度は見たことがあるのだが、実際にこの目で見たことはない。だから、牛肉や豚肉を
食べていながらも、生き物が殺されることにマイナスイメージを抱いてしまう。だが、
だからといって「牛を殺すな」とか言えない。牛を殺さなければ、ステーキや牛丼は
食べれないのだ。ジレンマというべきか……。

「クジラを殺すのは残酷だ!」
「どうしてカンガルーを殺すの?」
「犬を食べておいしいの?」


そういう主張をする人々がいる。そんな人たちに面と向かってではないが、
著者は本文で次のような言葉を述べている。

「なによりも、相手の文化や状況も理解しようともせずに、
『残酷』と言い放つことこそが、一番『残酷』なのではないだろうか」

(P93)


食べるために動物を殺すことは残酷かもしれない。
だが、そうしなければ生きてゆけないというのもまた事実である。

では、残酷とは一体なんなのだろうか……?



難しい話である。
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黒 紅 茶

Author:黒 紅 茶
どこかの田舎っぺです。
ブログタイトルの“Of”は
飾りです。偉い人にはそれが
分からないのです(苦笑)
詳しくは「はじめに」を
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