スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

就活のバカヤロー

さいきん、「就活生に甘える社会人」というブログをよく見ている。
コメントもたまに書き込んでいるが、いつまでも傍観者ぶるのも悪いと
思ったので、就活の当事者として、この問題を多角的に考えて行きたいと思う。

今回、紹介するのは件のブログでも話のタネとして用いられる、その名もズバリ、

「就活のバカヤロー」

副題は、

「企業・大学・学生が演じる茶番劇だ。



レビューとともに、就活問題を考えてみたい。






本の内容:

就職活動をテーマに、“大学生”“大学”“企業”“就職情報会社”の
問題点について言及。全5章による構成。
第1章では就活における学生の実態や、企業に何を求められているのかについて。
第2章では就職実績で他校との差別化を図らなければならない大学の窮状と
キャリア教育(=大学主導の就職支援)について。第3章では就活生を採用する
企業の“採活”における実態を。第4章では本来の目的から逸脱してしまった
インターンシップについて。第5章ではリクルートや毎日コミュニケーションなどの
就職情報会社が学生の就職活動についてどのような影響を与えているのか、主に
問題点を指摘しながら、『就職情報会社=就活の問題点』というステレオタイプな批判を
一刀両断している。





と、要約すればこんな感じ。詳しいことは本を読むか、アマゾンのレビューを参照されたし。






全体的な感想を先に言うと、「やっぱりそうか!」「そんなこと既に知ってるよ!」というような
ことばかり。だが、驚いたのが、この本の初版が発行されたのが2008年であることだ!!!

現在は2012年である。2008年に書かれたこの本の内容と現在の状況はほとんど同じなのである。
まったく、現状が変わらないということだ。むしろ……悪くなっているかもしれない。



この本のタイトルだけを見ると、

就職活動への批判=企業・大学への批判

そういうような偏見を受け取る人もいるかもしれない。
だが、『本の内容』で記したとおり、この本は学生や大学、企業や就職情報会社、と
複数の視点から就職活動の問題点について論じている。


……この本が言わんとしていることは何か?
これは私の解釈であるが、恐らく、

マニュアル化した就職活動は気持ち悪い!

ではないだろうか???



著者は、最初の章において就職活動は企業と学生の「お見合い」のようなものであると、
それが社会の変化とともに歪んだと指摘している。



大学では、どういうわけか学生の卒業後の就職率が“ステータス化”し、そのために
学生の就職支援を行わざるを得なくなった。とくに地方の中小大学はその動きが顕著である。
(私の大学は正にそうだ)

企業はインターネットによる面接対応の批判などを回避するため、学生を『お客様』のように
丁重に扱わなければならなくなった。また、就職情報会社と上手に渡り合わなければ人材の
確保が難しい(=人気企業ランキングがかかっている!)。

学生は右も左もわからない状態だから、就活本やネットの情報を得るが、それらが付け焼き刃に
過ぎないことに気づかない。また就職活動の意義や将来の展望を考えないまま勝手に迷走を
行っている。




端的に言うと、

皆、自分本位!!!

なのである。なおかつ、主体が存在しない! 物事の責任を常に他者に押しつけているのだ。
「就職できなかったのはあの企業のせいだ! 大学の就職指導に問題がある!」
「自己分析できない学生に問題がある!」
「こっちは一生懸命、就職のための指導をやってるのに……」

こういった考えこそが問題なのである。
…それは別に、「そういう考えを持つな!」というわけではない。考えの前提、つまり
どうしてそういう考えに思い至ったのかというプロセスが喪失し、ただ誹謗中傷に近い批判が
先行している状況に問題があるといいたいだけである。

例えば、就活生組合である。代表の人間はボロを出したのか、最初から『釣り』で
はじめたのかは分からないが…ああいうのは混沌(カオス)の象徴である。自分たちの都合を
前面に押し出し、自分たちが内包している問題の可能性を見ようとしない。




この本は、そういう自分本位な人間に、それらがうごめく社会に対する警鐘なのである。





著者はまとめのページで次のように述べている。

「就活」とは、企業と社会の未来をつくる行為である。なにより、学生個々人が未来に向けて
大きな一歩を踏み出す行為である。
(P270)


某哲学者の社会契約説ではないが、就職活動とはそれを行う学生だけの問題ではないのだ。
学生という個人と、企業という個(の集合体)との交わり=契約なのである。


社会で、人と人との間で生きて行く以上は、自分の利益ばかり考えてはダメじゃないかと思う。
自分ではない存在についても十分に考慮しなければならないはずだ。それが社会というものだろう。


みんながみんな、エゴイズムに突っ走ったらどうなるか……。
聖書におけるソドムとゴモラではないけれど、そこに調和なんてものは生まれない。


この問題――つまり就職活動の問題について論じるにあたっては、他者に対する批判よりもまず、
どうしてそういう批判を思い至ったのかを検討する必要があるように思える。


(ちなみに、私が現在の就職活動を問題に思ってるのは、就職活動で困っているからではなく、
「就活生組合」なる集団が組織されている現在の就職活動ってどういうものなのだろうか? という
素朴な疑問がはじまりであった)。



いつの世の中にも『反体制』という言葉が存在する。今の日本で言うと、反TPPや反原発などが
そうである。ケース・バイ・ケースだが、人間と言うのはアンチテーゼに興味をそそられる。
特にそれまでの価値観に飽きが生じているときには。

何度も――以前にはわざわざ記事として――就活生組合について考えてみたが、今でも、あの
集団に関する感想は変わらない。だが、その一方で、やはり、ああいう集団があらわれるということは
社会のどこかに何らかの問題があるのだろう、と考えるのだ。

「しょせん、少数者の意見だろ!」
といって一蹴することはたやすい。とくに、日本は少数者の意見をよく黙殺する。
フジテレビデモに対するマスコミの対応が現代ではよい例ではないか?

だが…思う。少数、多数関係なく、意見に対しては、ある程度の敬意を持つべきではないか、と。
この国には言論の自由が法律で認められているのだ。そういう意見があるということを許容する
必要があるのだ。批判はその存在を認めたうえで行えばいい。









さて、わけのわからない思想はこれくらいにして、この本についてのレビューに
戻りたい。

本書は問題提起については面白いノンフィクションである。だが、具体的な解決策までは
論じられていない。最後は強引に精神論で押し切ったきらいすら感じられる。

この点が不満だ。



それと、これは就活生組合の批判に繋がりかねないが、本書における就活生という定義は
どう考えても、

就活生=大学生

である!


しかし、就職活動を行ってるのは大学生だけなのか???
専門学生は、再就職をする社会人は、中学・高校を卒業した学生は……?




就職活動が大学生だけの問題に修飾されているような気がしてならない。

ブログランキング・にほんブログ村へ

(↑)皆さまの清き一票をどうか!!!
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

Secret

プロフィール

黒 紅 茶

Author:黒 紅 茶
どこかの田舎っぺです。
ブログタイトルの“Of”は
飾りです。偉い人にはそれが
分からないのです(苦笑)
詳しくは「はじめに」を
読んでくださいな。

↓↓ポチッとな↓↓
QRコード
QR
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
FC2カウンター
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
470位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
221位
アクセスランキングを見る>>
最新コメント
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
お気に入りリンク集
Web page translation
検索フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。