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「罪と罰」

大学の友人がよく私に勧めていたドストエフスキーの『罪と罰』を読んだ。
長くなるが、それについてのレビューを記したいと思う。






あらすじ:

舞台は19世紀のロシア。
経済的困窮から大学を休学し、アパートの部屋に引きこもりがちの青年、
ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフ。彼は独自の犯罪理論を持ち、
それを実行しようと計画していた。
「伝説の英雄のような人類の指導者となるべき選ばれし者は、
より大局的な正義を為すためならば、既存の法や規範をも超越する資格を持つ」それが
彼の持つ理論であった。
彼は悪徳高利貸しのアリョーナ・イワーノヴナという老女に目をつけ、彼女を
殺害し、金品を奪う事にする。周到な計画と理論に基づき、ラスコーリニコフは
アリョーナを斧で殺害する。だが、思わぬアクシデントが発生する。アリョーナの妹で、
善良な女性リザヴェータがアリョーナの部屋に戻ってきたのだ。やむをえず、
ラスコーリニコフはリザヴェータも殺害してしまう。わずかな金品を手に入れ、彼は
慌てて自室に戻る。

部屋に戻ったラスコーリニコフは、それ以来、精神と肉体とに不調をおぼえ、
友人のラズミーヒンらを不安がらせるようになる。彼は警察がアパートの住人である
自分に事件のことを尋ねないことに不安を抱いており、それが不調につながったのだ。
あるとき、ラスコーリニコフは警察に呼び出される。だが、別件で呼び出されたに過ぎなかった。
警察は、事件の容疑者としてニコライというペンキ職人に的を絞っていたのだ。

不安で平常心を保てぬ日々を送るラスコーニコフは、家族からの手紙で、妹の
ドゥーニャがルージンという裕福な弁護士と婚約したことを知り、腹を立てる。彼は
妹が本意からではなく、お金のために結婚しようとしていることを察知したのだ。ある日、
ラスコーリニコフの前にルージンがあらわれる。ルージンを快く思わないラスコーリニコフは
ルージンを罵倒し、追い出す。ルージンはラスコーリニコフに個人的恨みを抱くようになった。

街を歩いていたラスコーリニコフは、以前酒場で会った元役人のマルメラードフの死を看取り、
その亡骸を彼の住まいに送り届ける。ラスコーリニコフは母親から送られたお金を遺された
彼の家族に渡し、住まいをあとにする。

ラスコーリニコフが暮らす街に、ラスコーリニコフの母と妹ドゥーニャがやってきた。
平常か、病んでいるか自分でも定かではないラスコーリニコフは母と妹を追い払う。
ルージンとの結婚を彼は許そうとは思わなかったのだ。ルージンはドゥーニャと会う
約束を手紙でとりつけるが、その手紙にはラスコーリニコフを陥れるための文が記されていた。
ルージンの意図を知りつつ、ラスコーリニコフはルージンとドゥーニャ、それから母親に会う。
なじり合う二人。ルージンに幻滅したドゥーニャは、婚約を解消し、ルージンを追い出す。
ルージンの面子は潰れた。ラスコーリニコフの家族は和解を果たしたが、彼は犯罪を犯したことや
これまでの言動などの後ろめたさからか、家族と会わないことを約束し、その場に居合わせた友人の
ラズミーヒンに妹を託す。ラズミーヒンはドゥーニャに恋心を抱いていたのだ。

警察は殺人事件の犯人をニコライに絞っていた。ラスコーリニコフは、以前アリョーナに
お金と交換で渡した父の形見の懐中時計を回収するために、ラズミーヒンを頼って、
彼の親戚で予審判事を務めるポルフィーリィ・ペトローヴィチを訪ねる。彼は、
ラスコーリニコフがいぜん書いた論文のこと――そこに記された犯罪理論――を知っており、
彼に高い関心を寄せいていた。ラスコーリニコフは、ポルフィーリィが自分にとって危険な存在で
あることを見抜く。

不安が強まっていくラスコーリニコフは、ある男と会った。
名前はスヴィドリガイロフ。かつて妹ドゥーニャが家庭教師として働いていた屋敷の主人。
彼に辱められ、ドゥーニャは職を失っていた。スヴィドリガイロフには妻がいたが、その妻は
すでに亡くなっていた。彼はドゥーニャの心を得るためにはるばるやってきたのだった。
スヴィドリガイロフはラスコーリニコフにドゥーニャとの仲介を頼むが、当然のごとく、
ラスコーリニコは申し出を拒む。

ラスコーリニコフは亡くなった元役人マルメラードフの娘ソーニャと知り合う。
娼婦として家族のために自らの体を売るソーニャ。その自己犠牲の精神に、ラスコーリニコフは
心を動かされ、彼女に事件の犯人を告白することを誓う。

ポルフィーリィに呼ばれ、ラスコーリニコフは警察署を訪れる。尋問されることを予想していた
ラスコーリニコフであったが、たわいもない世間話をしただけであった。不安と恐怖で興奮する彼。
そのとき、署内にいたニコライが大きな声で殺人事件の自供をはじめる。突然の事態に驚く二人。
ラスコーリニコフは心のうちで勝利宣言を掲げ、ポルフィーリィと別れる。

マルメラードフの葬儀に訪れたラスコーリニコフ。そこになんとルージンがあらわれる。
ルージンは葬儀の前にソーニャと会っていたが、そのときにお金を紛失していた。そう、彼は
遺族であるソーニャがお金を盗んだ犯人であると疑っていたのだ。葬儀に居合わせた人々の疑念の目が
ソーニャにそそがれる。だが、それはルージンがしくんだ茶番であった。彼はラスコーリニコフと
親しくなったソーニャを困らせるため、わざと彼女のポケットにお金を突っ込んだのだ。
ラスコーリニコフの弁護、ルージンに部屋を間借りさせているレベジャートニコフの告白で
ルージンの罪業が知れ渡り、ルージンはその場を去る。だが、ソーニャの母(義理の母)である
カテリーナ・イワーノヴナは家主の夫人に家を追い出され、のちにみじめに死んでしまう。
ラスコーリニコフはカテリーナの子供を孤児院に預ける。これによってソーニャは解放され、
娼婦をやめることになった。

そして、ラスコーリニコフは殺人事件の犯人の正体を告白する。ラスコーリニコフに心惹かれる
ソーニャは、ラスコーリニコフに自首を勧めるが、彼は時間の猶予を欲しがっていた。
部屋に戻ったラスコーリニコフの前にポルフィーリィが姿をあらわす。
彼はこれまでの態度をわびると同時に、ラスコーリニコフに心理戦を仕掛けていたこと、そして
彼が犯人であることを突き止めていながら決定的証拠がないために逮捕に踏み切っていないこと、
そしてニコライが精神的に追い詰められたために嘘の自白を行い捜査を乱したことを告白する。
ポルフィーリィはラスコーリニコフに自首を勧めに来たのだ。その申し出を拒むラスコーリニコフだが、
彼の言葉の数々にしだいに心を弱らせていく。

一方、盗み聞きでラスコーリニコフの犯した罪を知っていたスヴィドリガイロフは、
再度ドゥーニャとの面会を望むが、やはり断られてしまう。彼はドゥーニャに手紙を送り、
彼女を呼び出した。その手紙にはラスコーリニコフの犯罪について書き記されていた。
兄を信じながら事件の真実を知らないドゥーニャは憤り、スヴィドリガイロフと対峙する。
彼はラスコーリニコフの家族を援助すると申し出るが、彼に心を傷つけられたことのある
ドゥーニャは、持っていた拳銃でスヴィドリガイロフを脅し、その場を逃げ去る。
完全にドゥーニャに拒絶されたことを知ったスヴィドリガイロフは、拳銃自殺を図る。

妹、母親、そしてソーニャに別れを告げ、ラスコーリニコフは警察署に自首する。

予審判事であるポルフィーリィの働きかけ、心理学者による診断や、友人・家族の弁護により、
ラスコーリニコフは寛大な処分を言い渡され、8年の刑期を果たすためにシベリア送りとなる。
彼を愛するようになったソーニャも、彼を追うようにシベリアへ向かう。

孤独な刑務所生活の中で、ソーニャの献身を知ったラスコーリニコフ。彼は彼女が自分にとって
かけがえのない存在であることを知り、更生のための日々を歩んでいく……。









さて、ここからは読んで感じたことを記したいと思う。

お題は、ラスコーリニコフの罪について、である!








法の番人であり、主人公の心理戦の敵手ポルフィーリィはこういう台詞を言っている。
3回目の対峙で、彼がラスコーリニコフに自首を勧める場面だ。

あなたは老婆を殺しただけだから、まだよかった。もし別な理論でも考え出していたら、
下手すると、まだまだ千万倍も醜悪なことをしでかしていたかもしれません!
これでも、神に感謝しなければいけないのかもしれませんよ。どうしてわかります、
ひょっとしたら、神はそのためにあなたを守ってくださるのかもしれん。

(新潮文庫版 下巻P330)

彼は、<老婆を殺しただけだから……>と言っている。たかが老婆ということか?
この場面のポルフィーリィは予審判事ではなく、ひとりの人間として、前途ある青年の
未来を憂いて自首を勧めている。


法律、また倫理的な観点から殺人は罪となっている。その観点からみると、
ラスコーリニコフの罪はふたりの人間を殺害したこととなる。
だが、ラスコーリニコフは殺人を罪とは認知していない。彼は自らの犯罪理念に
基づき行為におよんだのだ(リザヴェータ殺害には心を痛めているようだが)。

高利貸しの老婆アリョーナは周囲からも憎まれる人間であった。そんな人間を
殺しても問題はない、もしろ多くの人間になって益になるだろうと考え、周到な
殺人計画を実行したのである。

彼は殺人の代償としてシベリア流刑となったが、リザヴェータ殺害を心から悪いことと
認識していなかった彼には刑罰はまるで意味のないものであったのではないか。

ラスコーリニコフは事件後に自らの心を苦しめた。だが、それは高利貸しの老婆を
殺したことへの良心の呵責ではない。リザヴェータを殺したことへの後悔の念ともとれる。
また、それは彼女への同情と言うよりも、ミスをした自分に対する怒りなどの感情のようにも
思える。どちらも彼にとっては“他人”であった……。


キリスト教的な観点から見れば、彼の罪は反キリストに走ったことだろう。
悪魔に魂を委ね、犯行に及んだということだ。ソーニャはそう解釈し、ラスコーリニコフと
向き合っている。一方のラスコーリニコフも、悪魔に心がやられたと語っている。

だが、それはキリスト教理にのっとった物語の構造分析に過ぎない。
ほんとうにラスコーリニコフが心の底からそのような思いでいたとは思えないのだ。

たしかに作中の彼は心を闇に支配されたいた。だが、それはキリスト教などのような
宗教性とは別物ではないか。

「お前は泣いてくれるんだね、ドゥーニャ、ぼくの手をにぎってくれる?」
「どうしてそんなことを言うの?」
彼女はかたく彼を抱きしめた。
「だって兄さんは、苦しみを受けに行くことで、もう罪の半分を償ってるじゃありませんか?」
と、彼女ははげしく彼を抱きしめ、接吻をくりかえしながら、叫ぶように言った。
「罪? どんな罪だ?」と彼は不意に、発作的な狂憤にかられて叫んだ。「ぼくは
あのけがわらしい、害毒を流すしらみを殺したことか。殺したら四十の罪を赦されるような、
貧乏人の生血を吸っていた、誰の役にも立たぬあの金貸しの婆あを殺したことか。これを
罪というのか? おれはそんなことは考えちゃいない、それを償おうなんて思っちゃいない。
どうしてみんな寄ってたかって、≪罪だ、罪だ、≫と俺を小突くんだ。いまはじめて、
俺は自分の小心の卑劣さがはっきりとわかった、いま、この無用の恥辱を受けに行こうと
決意したいま! おれが決意したのは、自分の卑劣と無能のためだ、それを更にそのほうが
とくだからだ、あの……ポルフィーリィのやつが……すすめたように!」

(同上 P434-435)

自首する前に、妹と最後の別れのさいの会話である。





この物語を最後まで読んで、私はこう考えた。
彼――ラスコーリニコフの罪は、殺人を犯したことではなく、ひとりの女性の心に
きちんと向こうとしなかったことではないか? と。


その女性とはもちろん、娼婦のソーニャである。

ラスコーリニコフを愛するようになったソーニャは、彼とともに流刑地に旅立った。
だが、彼はソーニャの献身的な愛に振り向こうとはしなかった。キリスト教という
レッテルが素直に人と向き合う事を阻害したのだ。彼は彼女が敬虔なクリスチャンだから……。
そういうような目で見ていた。そして、その精神に負けてしまったのだ――告白の場面である。

「あいつは俺を憐れんでいるだけだ…」そういうふうにラスコーリニコフはソーニャの態度を
分析していたのである。そうせざるをえなかった。それは先ほど引用した部分にも暗に
あらわれている。


では、ソーニャの心情はどうだったのか?
文中にはラスコーリニコフほど細かく(というかクドクドと)心理描写は描かれていない。
登場しては涙を流してばかりな印象がある。

彼女は家族のために娼婦として見知らぬ男たちにその身を売っていた。
だが、父も義理の母も失ったためにその必要性を失った。彼女は娼婦として身を売らなくて
済んだのだ。それは生きる目的を失ったと解釈してもいい。そんな彼女の前にラスコーリニコフは
あらわれた。そして、彼女はどういうわけか、ラスコーリニコフを愛するようになった。

重要なのは、その具体的な理由が記されていないことだ。
(哲学的な用語を用いるようで悪いが)彼女は理由があってラスコーリニコフを愛するようになった
わけではないらしい。定言命法に基づく――ア・プリオリな愛と言うべきか。
つまり、愛しているから愛しているのだ!

エピローグから引用する

二人は何か言おうと思ったが、何も言えなかった。涙が目にいっぱいたまっていた。
二人とも蒼ざめて、痩せていた。だがそのやつれた蒼白い顔にはもう新生活への更生、
訪れようとする完全な復活の曙光が輝いていた。愛が二人をよみがえらせた。二人の
心の中には互いに相手をよみがえらせる生命の限りない泉が秘められていたのだった。
二人はしんぼう強く待つことをきめた。彼らにはまだ七年の歳月がのこされていた。
それまでにはどれほどの堪えがたい苦しみと、どれほどの限りない幸福があることだろう!
だが、彼はよみがえった。そして彼はそれを、新たに生れ変わった彼の全存在で感じていた。
では彼女は――彼女は彼の生活をのみ自分の生きる糧としていたのだった!

(P483)

この言葉が文中に登場した時点、つまりエピローグになってようやく、
ラスコーリニコフはソーニャに真正面から向き合う事となった。彼女の想いに応え、
また彼女を愛するようになったのである。

しかし、二人には垣根がある。それは八年の刑期である。
ラスコーリニコフの罰は、それまでソーニャに会えないことである! 私はそうも考える。

彼は刑務所の中で暮らすこととなるのだ。ソーニャへの愛を育むために、また
未来のために。けっして受動的ではない。彼は自発的にそのみちを選んだのだ。
殺人の罪を償うためではない。ソーニャを愛する人間として再生するために
彼は牢獄で生きるのだ。これは罰というより、試練である。またはチャンスというべきか。


ラスコーリニコフも貧困と、人間関係に苦しんできた人間である。その二人が、
こういう束縛から解放され、ふたりだけの世界観を見いだしたのである。





流刑地で。




旧約聖書の失楽園の箇所とも符合しないわけではないが、私は宗教的価値観から
このエピローグを読みとろうとは思わない。単純に、ふたりの若い男女の
心の繋がり――心がつながった瞬間の描写として読み、心に刻みたいのだ。










わたしは、作品は自由に読んでいいものだと思っている。
だから今回はキリスト教や哲学などを考えず、ひとつの作品として読んでみた。

思想とかを感じなくても、面白く読める作品だと私は思う。


逆に、思想とかを読み取ろうとやっきになると、読みにくいのではないか。
先入観にとらわれることなく、読んでみてほしい作品だ。




どうも、これ以上書くといろいろと収拾がつかなくなるのでこの辺で書き止める。

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飾りです。偉い人にはそれが
分からないのです(苦笑)
詳しくは「はじめに」を
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