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アンパンマンマーチから“生きる”ことを考えよう

わたしは朝のバイトに行く前、いつもアンパンマンを見ている。
好きだからというわけではない。たんに、時計代わりに見ているに過ぎない。

今回は、「就活生に甘える社会人」のある記事への反証からこの曲を取り上げたい。
(記事URLは→http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/


「淡々と生き抜くことよりも、人生に目的を持つことのほうが大事」というような
風潮があるとすれば、それは考え直したほうが良い






これじたいには私も賛成だ。



何でもかんでも「目的、目的、目的……」といってがんじがらめになるのは
まっぴらごめんだからだ。また、『人生に目的を持つことのほうが大事』という考えは
それ以外の考え方を全否定する偏屈な考え方になりうる。

私は、考えは自由でいいと思っている(ただし、ある程度の制約を設けたうえで。
その制約とは、社会における人とのかかわりについてである。
自己の自由のために他人の自由を侵害するのをよく思わない。また、他人の自由を
侵害したものは、自らの自由を他人に犯されても自業自得とも考えている)。


lingmuさんが言わんとしていることはたぶん、
「目的をもたない生き方をしてもいいんじゃないか?」

ということだろうとおもう。



のだが、

はっきり言って、生きる目的を持つことや多くの友人を作ることなんか、そんなに大したことじゃない。それよりも、人に嫌な思いをさせないで淡々と生きていくことのほうがずっと大事のはず。



ここには疑問が残る。


この考えは「目的をもった生き方が当たり前」みたいな考えに対する批判のつもりで
記したのだろうが、

生きる目的を持つことや多くの友人を作ることなんか、そんなに大したことじゃない。
それよりも、人に嫌な思いをさせないで淡々と生きていくことのほうがずっと大事のはず。


……という指針


になるのだ。

(便宜的にこう定義する)目的至上主義への批判として用いられた言葉だが、この言葉も
けっきょくは生きるための目的の道具となりうるのである。

大事という言葉を使ったことによって、
「~しなければならない」
「~するべき」
というニュアンスが入り込んだのだ。








私なりに、あらゆることに「目的」を問う現在の風潮について考えてみた。




大学の現代詩の授業で、ある先生がおっしゃっていたことだが、

その先生によると、いまの世界は“意義のない世界”だという。
不況やテロリズムなど、混迷の時代まっただなかの現在には、人々の心のよりどころと
なるものがないのだ。かつては宗教がその役割を担っていたが、オウム事件のように、
宗教が混沌の元凶となりうる現象があとを絶たず、人々は宗教をも信じなくなった。
また、かつての社会構造が壊れて以来、新たな社会構造――指針がないままの状態が続き、
「どう生きれば分からない状態」となっているのだ。


『分からないなら、分からないままでいいじゃないか』

そういう意見が出てくるだろう。
だが、人間は悲しいかな――なんでもかんでも分かりたがるのだ。

「生きる意味が分からない」という疑問がある。これは結論なのだろうが、この結論に
至るまでにどのようなプロセスをたどっていったのか――おそらく、「生きる意味って…?」と
考えたから、分からないという結論に至ったのだろう。考えるという行為に及んだから
分かる・分からないという選択肢が生まれうるのだ。


また、
『淡々に生きる』
という言葉が出たが、具体的にどういう意味なのだろうか?????









ここでサルトルを出すと問題が複雑化してしまうが、思うに、私たちは
彼が著書で述べた

自由の刑

そのなかに在るのではないか???
何が正しいか、その判断材料がないにもかかわらず、「好きにしていいよ」といわれ、
放りだされ、不安定な状態にいるのだ。







私が言わんとしていることは何か、


それは目的うんぬんのまえに根源について問うべきではないか、ということだ。
件の自殺志望者の悩みである「生きる意味がわからない」を考えてみよう。










つまり、


生きる


とはどういうことか、についてである。
































では、




死ぬ




とはどういうことか???


































分からない。





問題を提示した私ですら、この答えを見出せていないのである。







また……はたして答えが見つかるものなのだろうか?
なにをもって答えというのであろうか?




















それすらわからない。

















だからといって、考えをやめるか?


















それはそれでモヤモヤするのではないか?















答えが最終的に見つかるかどうかわからない。
それでも、考えることは辞めるべきではないと思うのだ。
















いつからかは具体的な歴史がわからないが、私たちは
あらゆるものにたいして目的を持つようになってしまった。

また、「目的を持たない生き方」というものを目指しても、いつのまにかこの“目的”と
接触してしまい、逃げられない状態。


目的はストーカーのごとくついてまわるのである。ア・プリオリ的なものと認知しても
いいかもしれない。






lingmuさんの主張も、目的という概念の枠組みの中から生まれたものでしかないのだ。






少なくとも、私にはそう思えてならない。















わたしは


「目的をもって生きろ」
「自由に生きていいよ」
「淡々と生き抜くことの方が大事」


なんて言わない。





かわりに、一緒に考えようといいたい。





答えを出すことにこだわらなくてもいい。
その途中経過をいっしょに楽しんでみよう。




そう言いたいのだ。












…アンパンマンの歌と関係ない話になったと思われる人がいると心苦しいが、

遠まわしにアンパンマンについて考えた考察でもある。








アンパンマンについて触れるとすれば、



バイキンマンは絶対悪ではない




と言いたい!


















……グダグダのダラダラのゴテゴテの乱文となってしまった。








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さいごに、


この場を借りて、lingmuさんには謝っておこうとおもいます。

けっして文句を言いたいわけではなくて、ちょっと気になっただけなんです。



気を悪くしてしまったなら、本当に申し訳ないと思いますが、これがあの記事の私自身の
コメントを拡大化したものです。誠意をもって記したつもりです。





by.黒紅茶
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Author:黒 紅 茶
どこかの田舎っぺです。
ブログタイトルの“Of”は
飾りです。偉い人にはそれが
分からないのです(苦笑)
詳しくは「はじめに」を
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