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「アーティスト」

昨日に引き続いて映画を見に行って来た。今日はひとり。
見た映画は、本年度のアカデミー賞を五部門獲得した『アーティスト』

「サイレント映画をわざわざ映画館で……」
と、友人Mが言ってたっけ。けど、映画は映画館でみてこその映画ではないかと
思う次第である。 と、ゴタクはここまでにして、あらすじに触れたい。






あらすじ:

時は1920年代のハリウッド。
サイレント映画の大スター、ジョージ・ヴァレンティン。彼は愛犬アギーと
人気を博していた。そんな彼に惹かれる美女ペピー・ミラーは、新作映画の
オーディションに参加、そこでジョージに見出される。ジョージは美人だが
特徴のないペピーに、付けぼくろをつける。ペピーはそれを気に入り、自身の
トレードマークとする。

1929年、トーキー映画が台頭し、ペピーはスターダムにかけのぼっていく。
しかし、サイレント映画にこだわるジョージは、所属する映画会社キノグラフと
決別し、自身の手でサイレント映画製作に取り掛かろうとするが、
アメリカは世界大恐慌の時代に突入。ジョージは財政難に陥る。
さらに、彼の製作した映画はペピーが主演を務める新作のトーキー映画に
興行的惨敗を喫し、ジョージは破産する。妻であったドリスから家を
追い出され、長年付き合ってきた運転手クリフトンの給料も払えなくなった
ジョージは、彼を解雇し、オークションで所持品をすべて売り払ってしまう。

トーキー映画の女優として大躍進を繰り広げるペピーは、なんとかジョージを
復活させたいと思い、執事とメイドを使い、オークションでジョージの所持品を
すべて買い取り、彼が解雇したクリフトンを自身の運転手として雇用する。

ペピーのひそかな献身を知らないジョージは、安価なアパートで酒におぼれてゆき、
あるとき、怒りにまかせて主演映画のフィルムを燃やしてしまう。アパートは火事となり、
ジョージは入院する。新聞でジョージの不幸を知ったペピーは、彼を自分の屋敷に引き取る。

ペピーの屋敷で目覚めたジョージ。彼を愛するペピーは、ジョージを再びスターダムに
押し上げるため、映画会社の社長に対し、新作映画の主演に彼を推す。しかし、
ペピーが自分が売った所持品をすべて買い取ったことを知ったジョージは、ショックで
彼女の屋敷を飛び出し、アパートに戻る。彼は愛犬が必死に止めるなか、拳銃で自殺を
図ろうとする。が、間一髪のところでペピーがあらわれ、ジョージは自殺をとどまる。

ペピーの気持ちを受け入れたジョージは、彼女とともに新作のトーキー映画に
出演する。そして……。









本作のような映画を、王道というのだと、この黒紅茶は確信した!!!




はっきりいって、
サイレント映画は時代遅れである。

だが、それゆえに今の時代には斬新なのではないか。


本作には、今の時代の映画にみられるような、セックスやバイオレンスは存在しない。
そのような要素を使うことなく、ドラマを成立させているのが魅力である。
(逆にいうと、今の映画は過剰なまでの表現描写に頼っているのだともいえる。
それは複雑すぎるということでもある)


役者は、体だけで感情を表現している。ドラマをつくりあげている。
キャプションによる解説(=台詞)はほとんどない。出てきても、とても
シンプルである。

体の動きだけであらゆることを表現できるというのは凄いことだ。
しかし、サイレント映画ではそれが当たり前だったのだ。
本作は、時代遅れの産物たるサイレント映画による、原点回帰の呼びかけでもあると
思うのだが、どうだろうか?



しかし、本作は昔の映画ではない。昔の手法を使った現代の映画であり、
正確には、本作はサイレント映画ではない!

撮影も、カラーフィルムを利用したという。それを編集の段階でモノクロ化したのだ。
私には博打の沙汰のように思える。しかし、博打は成功し、各映画界で大絶賛となった。


時代の変化に適用できずに衰退していく俳優ジョージ。
彼はいつの時代にも存在する、「時代遅れの人間」を象徴する存在だ。
そんなジョージを恋い慕い、映画界に復帰させようとするのがヒロインであるペピー。
いや、彼女こそが物語の主人公なのかもしれない。

そんな彼女とジョージの、映像における立ち位置を見ていると面白い。
例えば――会社の渡り廊下の階段で二人が再会するシーン。映画会社の社長と決別して
階段を下りて行くジョージ。反対に、階段を上っていくペピー。これだけで二人の
立場をあらわしている。富野監督の『映像の原則』によると、弱い立場の人間は
左側に立つという。
はたして、ジョージの位置は左側であった。というか、ほとんどの
場面で、ペピーは右側に、ジョージは左側に立っているのだ。そして、『映像の原則』では、
こうも書いていた。左側の人間はたしかに立場が弱いが、物語が進んでいくにつれてその
立場が大きく変化していくのだ、と。


ジョージは階段を下りるのと同じくして、その名声と富とを失った。だが、最後には
タップダンスをペピーと披露するまでに至っている。復活したのだ。

転落から復活までの物語。
それはいつの時代でも受け入れられるテーマではないか。それを、サイレントという
手法を通じて描くというのは、時代遅れではあるけれども、王道中の王道のやりかたなのである。



復活の物語は、スコセッシによる『ヒューゴの不思議な発明』でも描かれている。
また、フィンチャーの『ドラゴンタトゥーの女』も。それらのアカデミー候補作を破り、
本作が多くの賞に輝いたのは、やはり、王道だからだろう。


だが、それはアカデミー賞が王道ものにしかあまり票をあげないともいえる。
ここ数年のアカデミー賞に輝いている作品のほとんどが、そうだ。異色作が賞をとることは
あまりない。

けれども、アカデミー賞の賞の傾向はともかくとして、本作はとても面白い映画であった。
見て損することはないと断言できる。 ひとりでじっくり見るもよし、恋人や家族と一緒に
見るもよし、の映画だ。





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ブログタイトルの“Of”は
飾りです。偉い人にはそれが
分からないのです(苦笑)
詳しくは「はじめに」を
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