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「キリング・フィールド」

映画の紹介はこの記事で100本目に突入する。
記念すべき(?)100本目に紹介する作品は「キリング・フィールド」

ニューヨークタイムズの記者の、カンボジア内戦のときの体験談を
映画化したもので、監督はローランド・ジョフィ(後に「ミッション」を作る)。
主演はサム・ウォーターストンとハイン・S・ニョール。
ハインはカンボジア出身の医師(演技経験はゼロ)で、クメール・ルージュの下で
4年間ものあいだ強制労働に従事し、その間に妻子を失った経験を持つ。彼が
映画の出演を快諾したのは、ひとえに祖国カンボジアのためだという。




カンボジア内戦


クメール・ルージュ




さて・・・そもそも、
このキーワードに聞き覚えがある方はどれほどいるだろうか?






あらすじ:

1973年。
カンボジアではポル・ポト指揮下のクメール・ルージュ軍とカンボジアの
政府軍とが内戦を繰り広げていた。ニューヨークタイムズ記者のシドニーは、
助手で通訳のカンボジア人・プランと内戦の模様を取材していた。二人は
そこでアメリカ軍の誤爆や虐殺を目の当たりにする。戦いは激しさを増していき、
アメリカ軍はやがて撤退を開始する。カンボジアから多くの人が逃げ出すなか、
シドニーらジャーナリストはカンボジアに残ろうとしていた。シドニーは
プランの妻子をアメリカに亡命させる手筈を整えるが、プランはシドニーとともに
カンボジアに残ることとなってしまった。

首都プノンペンにあらわれるクメール・ルージュ。群衆は戦争が終わったと
歓喜の声をあげるが、それは瞬く間に悲鳴へと変わる。ポル・ポトによる新政府は
知識人や新聞記者を次々と虐殺していったのだ。シドニーらも一度は捕えられるが、
プランの機転によって助かる。人々はクメール・ルージュの脅威から逃れるために
フランス大使館へと避難する。だが、新政府の魔の手は大使館にも迫っていた。
逃げ延びた旧政権の要人は捕えられ、ほかのカンボジア人も退去を余儀なくされる。

シドニーやジャーナリスト仲間たちは、なんとかプランも国外に連れて行こうとし、
偽造パスポートを作るが失敗に終わってしまう。シドニーらが悲しむなかで、プランは
大使館から退去する。国へ帰っていく外国人ジャーナリストたち。

1975年。
帰国したシドニーはカンボジアの赤十字などにプランの写真を送るが、彼の
消息は不明のままであった。プランの妻は夫は死んでしまったと諦めの表情を見せるが、
シドニーは納得がいかなかった。彼はカンボジアでの取材の功績によってピューリッツァーを
はじめとする数多くの賞を手にするが、プランをカンボジアに独り残してしまった罪悪感は
晴れることがなく、かつての仲間からもそのことを避難されて苦しむ。

カンボジアに残ったプランは、クメール・ルージュの下で強制労働に従事していた。
教師や医師といった知識人が少年兵によって虐殺されるなか、プランは自らの素性を
必死に隠していた。だが彼はあることで少年兵によって捕まり、暴力を受ける。
死を覚悟したプランであったが、記者時代に知り合った少年兵によって命を救われる。
回復したプランは隙を見つけてクメール・ルージュのキャンプから逃亡する。

人骨の広がる道をあてもなく逃げるプランはやがて力尽き、倒れてしまう。
そんな彼をほかのキャンプの幹部が発見する。プランはその幹部の子供の世話係を
務めることとなった。プランは素性を隠そうとするが、小屋にあったラジオを
隠れて聞いたことで自分が知識人であることを幹部に知られてしまう。だが、
幹部はプランを殺そうとはしなかった。彼もプランと同じ知識階層の人間で
あったのだ。プランを信用した幹部は、自分の子供をプランに預ける。
クメール・ルージュはベトナム軍と戦闘状態にあった。
プランのいるキャンプもその戦果に飲み込まれようとしており、そのために
幹部はプランに自分の子供を託したのだ。

幹部は少年兵による無駄な殺戮をやめさせようとするが、他の幹部によって
銃殺されてしまう。プランは子供と他のカンボジア農民とともにキャンプを
脱出する。過酷な逃避行のなかで、幹部の子供やほかの逃亡者は地雷によって
爆死してしまう。プランはたったひとり、難民キャンプを目指してさまよう。
そしてようやく、赤十字のマークが描かれたテントを発見するに至る。

シドニーは、プランがカンボジア隣国の難民キャンプにいると情報を
耳にし、現地へかけつける。再会を果たす二人。シドニーはプランに謝罪するが、
プランは笑顔でシドニーと抱きあう……。












本作は二人のジャーナリストの友情の物語であり、彼らがどのようにして
カンボジア内戦を生き残ったかが描かれている。


そのためか、カンボジア内戦の背景や当時のアメリカ政府の動き、
そしてクメール・ルージュによる虐殺の全貌の説明が不十分である。
(しかし、それも仕方がない。本作が公開されたのは1984年で、
カンボジア内戦の全貌が明らかとなったのもじつはここ20年近くのことなのだ……)




ということで、カンボジア内戦についての補足をしてみたいと思う。
(※詳しい解説は世界史の本を読むか、ウィキを読むかで・・・)

20世紀初頭か半ばにおける東南アジアは、西側諸国(フランス、アメリカなど)の
支配下にあった。ベトナムをはじめとする諸国では西側への反発と独立の機運が
高まっていた。それを支援したのが中国やソ連といった東側――つまり共産圏の国であった。
第二次世界大戦後の世界は、民主主義の西側諸国と共産主義の東側諸国が対立をする
冷戦の時代。西側は東南アジアに共産圏の国家が台頭することを脅威とし、東南アジアの
諸国にさまざまな圧力をかけるが効果はなく、やがてベトナム戦争が勃発するに至る。



1953年に独立を果たしてから、カンボジアはシハヌーク国王によって統治されていた。
しかし1970年、アメリカ政府の支援を受けたロン・ノル将軍によるクーデターによって
カンボジアに傀儡政権が樹立する。アメリカ政府は傀儡政権の協力をとりつけ、ベトナムを
攻撃していく。統治権を奪われたシハヌークは、反米で共産主義の極左勢力である
クメール・ルージュと協力し、権力の奪回に向けて動き出す。それがカンボジア内戦であった。
共産主義のクメール・ルージュ、親米(つまりは西側諸国寄り)のカンボジア政府。
その対立構造はベトナム戦争とほぼ同じであった。


戦いはアメリカ軍がベトナムから撤退したことによってクメール・ルージュ優勢となる。
瞬く間にロン・ノル下の政府軍は弱体化し、ロン・ノルは追放される。シハヌークと
手を組んだクメール・ルージュは首都プノンペンを支配下におさめ、国名を「民主カンプチア」に
改名する。そしてはじまったのは内部抗争であった。

クメール・ルージュはまともな教育を受けていない少年少女や農民などの非知識層で
構成されており、そのためにほんの些細なことで対立し、抗争を行っていた。そのなかで
ポル・ポトはグループの最高権力の座を手にする。

ポル・ポトは中国共産党の起こした文化大革命にならって、国内でも革命を起こそうとする。
それは知識層の抹殺であり、カンボジア文化と歴史の全否定――破壊であった。
クメール・ルージュの残虐性はナチスのホロコーストに匹敵するものであったが、それを
やめさせる権限はシハヌーク国王にはなかった。彼の存在は名ばかりのものであったのだ。
少年兵は上層部の命令のままに、人々を虐殺し、文化遺産などを次々と破壊していく。



しかし、クメール・ルージュによる独裁は長くは続かなかった。
カンボジアとベトナムとの間で戦争が起きたのだ。その背景には、カンボジアを支援する
中国と、ベトナムを支援する中国との間の政治的対立があった。
(この点はウィキで「文化大革命」の項を見てもらいたい)


1978年。
ベトナムでは、カンボジア難民による亡命政権が樹立していた。ベトナムは亡命政権の
援護という大義名分をもとにカンボジアに侵攻を開始する。ベトナム軍によって駆逐される
クメール・ルージュ。ポル・ポト政権は崩壊し、親ベトナムの新政権がカンボジアに
樹立される。だが、戦いは終わらなかった。クメール・ルージュはジャングルに隠れ、
ベトナム軍やカンボジアの新政府に攻撃を仕掛けてきたのだ。


カンボジア内戦は東西冷戦の終結とときを同じくして終結する。
抵抗を続けていたクメール・ルージュも、ポル・ポトの死によって壊滅する。
(1998年、ポル・ポトは内部抗争の果てに死亡したと思われる……)

ポル・ポト時代に行われた虐殺の犠牲者は、300万人以上とされる・・・。






これが、カンボジア内戦の概要である。










本作「キリング・フィールド」が公開された当時、クメール・ルージュが
プノンペンから撤退したとはいえ、まだカンボジア内戦は続いていた。

だからこそ、映画は二人の人物の物語に収束せざるをえなかったのだろう。

だが、それでもカンボジア内戦の悲惨さは見ていてじゅうぶんに伝わってくる。


戦闘シーンや虐殺の場面では、名もなき子供が泣きじゃくる姿がたびたび
クローズアップされる。そして少年兵による殺人の場面。
未来を担うべき子供が見せる悪魔の瞬間……。しかし、実際は――当たり前だろうが
映画以上の、阿鼻叫喚がカンボジアの至る所で展開されたのだろう。


そんな地獄をプランは生き残ったのだ。それは奇跡である。
映画のラストをかざる二人の再会には胸をうたれる。
(流れる「イマジン」は恣意的に使われてる気がしなくもないが……)

シドニーの無責任さなどを問えばキリがないが、プランの物語として見れば、
その必要はない。彼が生き残ったことが、この物語の救いなのだ。

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おめでとうございます!

映画の紹介100本目おめでとうございます!

黒 紅 茶さんのブログでは私が普段あまり触れないジャンルの本や映画がよく紹介されていて「こういう作品があるんだ」「題名だけは知っていたけどこういう作品なんだ」といつも新鮮な発見をさせていただいています。
今回の作品もタイトルだけしか知りませんでしたがカンボジア内戦の話なんですね、収容所の映像は内戦のほんの一部なんでしょうが悲惨さが伝わってきます・・・・。

これからの更新も楽しみにしています!

Re: おめでとうございます!

alai Lama さん、コメントありがとうございますm(_ _)m


色々とテキト~なことを書くブログですが、これからも
よろしくおねがいします。

No title

映画レビュー100本突破おめでとうございます\(^^@)/

記念のエントリーがコレというある意味タイムリーのような感じですね。いつの時代も内戦の酷さは変わらないということでしょうか。。。。

今後もこちらの魅力である濃い記事(^_^;)の継続楽しみにしております。

Re: No title

しろくろshowさん、コメントありがとうございますm(_ _)m

タイムリーですか……。
たしかに言われてみればそうですね。シリアでの内戦は、
ベトナムやカンボジアにどこか似ていますね。
(戦争については、いずれまた何か記事としたいと思います)

まだこれからも記事を書き続けるのでよろしくお願いします。。。
プロフィール

黒 紅 茶

Author:黒 紅 茶
どこかの田舎っぺです。
ブログタイトルの“Of”は
飾りです。偉い人にはそれが
分からないのです(苦笑)
詳しくは「はじめに」を
読んでくださいな。

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