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「クィーン」

ちょっと忘れられた話題だが、イギリス皇室のキャサリン妃のヌード写真が
フランスのゴシップ誌によって撮られ掲載された事件
を憶えているだろうか?
この事件は(メディアに比較的寛容であるとされる?)イギリス皇室を
激怒させただけでなく、多くのイギリス国民を激怒させることとなった。
(「ザ・サン」などのイギリスの週刊誌も異例の批判記事を書いたとか…)

写真を掲載したゴシップ誌の会社は訴訟を起こされ、さらに会社としての
経営が困難な状態まで陥ったそうである。

ゴシップ誌のやったことはプライバシーの侵害である。だが、同時に
「表現の自由」の問題もからむ。さらにいうと、ロイヤルファミリーを
記事としてどう取り扱うかというジャーナリスティックな問題まで孕んでいる。
非常に複雑なはずの問題であるが、イギリス中では写真を掲載したフランスのゴシップ誌に
非難轟々である。
では、なぜ・・・それほどまでにイギリス国民は怒っているのか???

ニューズウィークだったか忘れたが、ある雑誌に、キャサリン妃のヌード写真騒動に
対するイギリス国民感情の分析が記されていた。その記事によると、すべては15年前の
ある出来事に関係するという。





では、
15年前のイギリスでいったい何が起きたのか???





それは今回紹介する映画「クィーン」に描かれている。



あらすじ:

1997年5月。イギリスでは総選挙の結果、労働党が大勝を収め、党首であった
トニー・ブレアは第73代英国首相に就任する。彼は首相就任の承諾を得るために
慣習に従ってバッキンガム宮殿へと向かう。だが、その主であるエリザベス女王は
改革派として憲法改正などを訴えてきたブレアと、その夫人であり皇室反対派の
シェリー・ブレアを内心では快く思っていなかった。女王は首相との対面の時間を
早々に打ち切る。ブレアとシェリー夫人は不満を覚えながらも宮殿をあとにした。

1997年8月30日の深夜。
バルモラル城で家族を連れて休暇中にあったエリザベス女王のもとに緊急の連絡が届く。
ダイアナ元妃がパリで交通事故に遭い緊急入院となったという報であった。元夫であった
チャールズ皇太子は元妻の安否を心配するが、ほどなくしてパリの大使館から元妃の死亡の
連絡が届く。チャールズはジェット機でパリに向かうが、女王はチャールズの行動を快く思わない。

皇室を出たダイアナ元妃は公人ではなく、彼女の死も国家とは関係のないプライベートな
出来事であると主張するエリザベス女王の意志は固かった。ブレア首相やチャールズ皇太子は
ダイアナ元妃の国葬を希望するが、女王は親族の意向に沿った葬儀をするべきとし、申し出を
断る。そんな女王の旧来型の対応に、ブレアは困惑する。彼は、ダイアナ元妃の人気を熟知し、
彼女の死を利用してさらなる支持率上昇も考えていたのだ。一方、皇室の一員であるチャールズも、
母であるエリザベス女王の態度を疑問に抱く。

ダイアナ元妃の死に対し、ひたすら沈黙を貫こうとするエリザベス女王。ところが、そんな女王の
態度はイギリス国中で非難の対象となってしまう。世論調査では皇室廃止の意見が出てくるように
なり、ブレア政権は世論への対応に追われていた。王室に批判的であったシェリー夫人は、
一連の事態を旧来の体制を大幅に改革する好機とみるが、ブレアの心境は大きく変わりはじめていた。

イギリス国民の皇室批判に対して最も困惑したのはエリザベス女王当人であった。
彼女はマスコミによって執拗に追い回されたダイアナ元妃の死をそっとしておきたい思いも
持ち、国民もその思いを共有してくれるだろうと考えていたのだ。国民の反応に動揺する女王。
やがて女王は決意を改め、家族を連れてロンドンへと戻る。女王は首相らの助言に従って、
ダイアナ元妃の葬儀を国葬にすることにした。

バッキンガム宮殿の正門はダイアナ元妃の死後、多くの献花者が訪れていた。
群衆の前に姿をあらわす女王は、ダイアナ元妃が国民に慕われていた事実と、皇室が非難の的と
なっている事実に直面する。だが、そんな女王にひとりの少女が花束を渡す。女王を支持する人も
また存在するのであった。改革派であったブレアも、女王が持つ使命感や決意などの崇高さを
知るに従って、女王に尊敬の念を抱くようになった。

そして、女王はついにダイアナ元妃の死に触れるスピーチを国民に向けて発する……。


















本作はダイアナ元妃の死と、その前後のイギリスの混乱を描いた映画である。
だが、注意してみなければならない。あくまでも実際に起きた出来事をモチーフとした
映画であるのだ。つまり「映画の出来事=事実」ではないのである。
このことを前提とした
上で、この映画について色々と読み解いていきたい。







まず、今述べたように、本作は実際に起きた出来事をもとに映画の物語を形成している。
劇中では、実際のBBCの映像や当時の新聞記事などが登場しており、ドキュメンタリーチックに
映画が仕上がっている。それらの部分を見ると、どれだけダイアナ元妃がイギリス国民の間で
人気が高かったのかが分かる。



「国民のプリンセス」
ダイアナ元妃の死に対し、この言葉を用いたことによってブレア首相は大きな支持率を集める。
彼が言ったように、ダイアナ元妃はまさに国民のプリンセスであった。

彼女は皇室の人間というよりもセレブリティな人間であった。ゆえに常にスキャンダルの的と
なったわけだ。慈善事業を行ったことから聖母のように評価されるが、一方で様々な男性との
恋愛沙汰が取りざたされてきた。名誉・伝統を重んじるイギリス皇室にとって、そんな彼女は
まさに“汚点”。映画において、イギリス皇室の面々はダイアナ元妃の死を悼みながらも
彼女の存在を死してもなお厄介だと毒を吐く(現実の皇室の本音は判らないが・・・)。



映画ではダイアナ元妃の死を一つの“事象”としている。あくまでもエリザベス女王が
主役であるべきだから当然と言えば当然の話ではあるが。だが、それによって各登場人物の
ドラマ(作り手による、実在の人物の見えない部分の掘り下げ)が見事に行われている。

(エリザベス女王)と(チャールズ皇太子)の確執
ここには、単なる親子の確執のみならず、保守・伝統と革新の対立もあらわれている。
保守・伝統の象徴たる皇室の人間チャールズ皇太子がブレア首相に接近する描写は
まさにそうである。そんなチャールズに対し、女王は直接的に言わないが、彼の
不倫を示唆する愚痴をこぼしている。己の感情をストレートにあらわす息子に対し、
母である女王はできうるかぎり公人としての立場を貫こうとしているのだ。

(余談だが、当時の不倫相手である現夫人であるカミラとチャールズの結婚報道に対し、
エリザベス女王の態度はあきらかに結婚を快く思っていないことが分かる)



皇室(エリザベス女王)と庶民(ブレア首相)との対比
これは女王と国民感情の差異のみならず、皇室とブレア首相の家庭風景の模様にもあらわれている。
装飾の施された皇室。色々なものが散らばるブレア家の室内。このふたつは、前者が貴族的なものを、
後者が庶民的な風景を象徴している。ブレアは首相であるが、彼はとても庶民的な人間であることが
家庭の模様・風景によってあらわされているのだ。彼は首相というより、隣の家のおじさんという
ような、どこかアットホームな存在だ。だから、彼と女王は性格的に反目するわけである。

ブレアははじめ、ダイアナ元妃の死を支持率拡大の踏み台としようとするが、女王との
対立のなかで皇室の威厳などを感じるようになっていく。まさに“転向”していくのだ。
ブレアの困惑と女王の苦悩(そして、孤独感)の描き方も面白い。首相や女王ではなく、
どちらもひとりの人間として描かれているのだ。車を一人で運転し、大自然の中でふと
涙を流す女王の姿は実に人間的であった
(本物の女王はどうかは判らないけれどもね…)。
映画後半で、女王のスピーチ原稿を笑うスタッフに対して怒るブレアの態度は、映画の
なかで描かれる女王の人間性・ドラマに引き込まれていく(だろう)観客の代弁である。



マスコミ皇室
この問題はイギリスのみならず、日本でも考えなければならない問題ではないだろうか。
つまり、皇室の人間をジャーナリズムの立場から見るときの、公と私のボーダーライン
どうなっているかということだ。本作では、現在でもときおり話題となる“陰謀論”が
チラっと出てきたが、皇室の面々はダイアナ元妃がマスコミによって殺されてしまったと
捉えている(だから、せめて死後はそっとしておきたいという心情を抱くのだろうか…)。
公と私のボーダーラインはいわゆる芸能タレントのゴシップでも発生するものであるが、
皇室の場合は“国家の象徴”である。国家の象徴をジャーナリスティックにどう描くかは
かなり難しい。権力に擦り寄っていると見なされる可能性もあるし、逆に反国家的と非難され、
反逆者として社会的に断罪される可能性もある。非常に判断が難しいものなのだ。けれども、
「表現の自由」「報道の自由」というのは守られるべきものであると私は信じている。
もちろn、その自由が凶器と化すことも同時に認識しておかなければならないが。

さて、今回のキャサリン妃のヌード写真の一件にイギリス国民が激怒したのは、
またイギリスの週刊誌までが異例の批判記事を掲載したのは、すべてはダイアナ元妃の死に対する
過去の反省という面もあるのだろうと思う。






さて、2006年に公開された本作は様々な映画賞を獲得している。

アカデミー賞:主演女優賞
英国アカデミー賞:作品賞、主演女優賞
ボストン映画批評家協会賞:主演女優賞
英国インディペンデント映画賞:脚本賞
放送映画批評家協会賞:主演女優賞
セントラル・オハイオ映画批評家協会賞:主演女優賞
シカゴ映画批評家協会賞:主演女優賞、脚本賞
ヨーロッパ映画賞:主演女優賞、音楽賞
イヴニング・スタンダート英国映画賞:脚本賞
フロリダ映画批評家協会賞:主演女優賞
ゴールデングローブ賞:主演女優賞(ドラマ)、脚本賞

                             …以下略。
                        (詳しくはウィキを参考に!)

本物のエリザベス女王とブレア首相も、この映画の数々の受賞に喜んだそうな。




映画賞受賞の多さとは関係なく、深く優れたドラマといえる。だが、前述したように
この映画には史実の認識と映画の認識を混同させる要素がある。それに見方によっては
皇室やブレア擁護の映画ともいえるだろう。つまり前知識なしでこの映画を見るのは
非常に悩ましいということである。

また、個人的にどうかと思うのはラストの和解のシーンである。
女王のスピーチかあるいはダイアナ元妃の葬儀の場面で映画の幕を閉じた方が
余韻があったのではないかと思う。最後のあのシーンはなにか御都合的だ。
(イラク戦争におけるブレア首相のスタンスを考えると、どうしても何とも気に入らない)



そういったところを除いては、まさしく良作である。
女王を演じたヘレン・ミレンとブレア首相を演じたマイケル・シーンの演技はすごい。
「本物のふたりもこんな人物じゃないか?」と思わせるほど迫真の演技を見せてくれる。
(そこが史実と映画=フィクションの混同を孕む個所でもあるのが皮肉である……)

ダイアナ元妃の死に関するノンフィクション本やドキュメンタリー作品を
読み比べながら本作の内容を楽しむというのも面白そうである。









とまぁ、長く、かつ偉そうに書いてしまったが、とりあえずここまでとする。
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飾りです。偉い人にはそれが
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詳しくは「はじめに」を
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