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「キャタピラー」

今年の10月27日、映画監督である若松孝二氏が事故で亡くなった。
そんな二年前に撮った作品、「キャタピラー」について紹介したいとおもう。
映画のタイトルを日本語訳すると、芋虫
主演の寺島しのぶは本作での演技が認められ、ベルリン国際映画祭・主演女優賞
獲得した。日本人としては35年ぶりの賞獲得となるそうだ。



あらすじ:

戦時中の日本。
日中戦争に駆り出されていたシゲ子の夫・黒川久蔵は傷痍兵として戦場から
戻ってきた。四肢を失い、聴覚を麻痺し、言葉を話せなくなってしまった
夫の変わり果てた姿に、シゲ子は絶望し、取り乱す。しかし、彼女の家族や
村の人間たちは久蔵を“軍神”と崇め、シゲ子に“軍神の妻”として国家の
ためにふるまうよう要求する。

起きては食事を求め、性欲を満たしたいがためにシゲ子の体を求める久蔵。
そんな彼との日常に辟易しながらも、シゲ子は必死に貞節を尽くす。

戦況が悪化するなか、久蔵は中国で強姦し殺害した中国女の記憶を何度も
フラッシュバックするようになり、やがて不能となる。セックスすら
できなくなった夫の姿をみたシゲ子はついに怒りを爆発させる。かつて
暴力によって久蔵に支配されていたシゲ子は、四肢を失った夫に対して
痛罵するようになる。行き場のない怒りと悲しみに彼女とその夫が
苦しむなか、日本は敗戦に向けてさらに傾いていく。シゲ子の心の支えでも
あった義弟の忠もついに戦争送りとなる。そんな状況の中で、シゲ子はようやく
久蔵の存在を心から受け入れようとする。

8月15日。ポツダム宣言受諾によって戦争は終結。シゲ子は戦争が終わったことに
喜びを感じるなか、四肢のない久蔵は地を這いながら家のすぐ前にある池へと向かう……。










「反戦映画」とか「反天皇制映画」とかと簡単に定義できるほど
単純な映画ではない。とても痛々しく、そしてシュールな映画であった。
若松作品の特色といわれる政治性はかなり強い。
(何度もしつこく昭和天皇夫妻の写真や軍隊の勲章ををクローズアップすることがその良い例だろう!)
(元ちとせのテーマソングからは反戦イメージが感じられるが、オマケのようにも思えてしまう)
が、それ以上に見るべきもの、そして心に残るものは、寺島しのぶの
演技であり、“久蔵の妻”ではなく“軍神の妻”としての業を背負わされる
黒川シゲ子の残酷な日常描写だ。

四肢を失って帰還した夫を憎悪する彼女に対し、周囲はその夫を“軍神”とあがめる。
ところが、親戚の者たちの本音は違う。久蔵を厄介者と思っているのだ。おそらく、
他の村の住人たちも心の奥底では久蔵の存在を疎ましく思っていたに違いない。
ここに、シゲ子の周囲に存在するのは“建前”なのである。その建前によって、彼らは
久蔵を“軍神”として崇め、そして彼が戦った戦争を賛美しているのだ。

そんな村人のなかで異質な存在なのが、紅いちゃんちゃんこを来た男だ。
知恵遅れとみられる彼(名前は何というのだろか?)は、村人からはたんなる馬鹿者と
みられているが、彼こそ、彼の言葉や行動こそがすべての人の本音ではなかろうか?
彼とともに終戦のニュースを喜ぶシゲ子の姿は、ひとつの救いだ。
この直後、久蔵は池に落ちることになるが、それは果たして「シゲ子の解放」として
見るべきなのだろうか……それはまた難しい問題だ。







本作はシゲ子の苦悩が中心となっている。そのため、久蔵の心のうちが
どのようなものかは明確となっておらず、観客の感性に委ねられている。
食べることと寝る(セックス)ことしかできない久蔵は、どのような思いで
終戦を迎え、池に落ちたのか。見る人によってその感想は様々だと思う。では、
私はどう思ったのか。


「彼は戦争被害者である」そういう風に読むことも可能だ――あんな形で帰還したのだから。
しかし、その彼には「戦争加害者」としての側面も大きく存在する。その側面が、
彼を不能(インポ)に陥らせたのではあるまいか? そんな彼の二面性を象徴するのか、
よく見ると、久蔵の顔の火傷はちょうど半分となっている。

戦争被害者であり、また加害者でもある黒川久蔵。彼は戦争という残虐な行為を
象徴する存在である。そんな彼を見て感じられるのは、反戦映画でよく見られるような
悲劇性ではなく、空虚な、みじめな感じだけだ。そんな姿にまでなって、彼には
どのような意義(戦争に参加した意義と、そこから生き残ったこと)があったのか?

四肢を失った久蔵は亭主関白としてふるまえなくなる。はじめ、彼は戦争での勲功を
誇らしげに語るが、物語中盤からはどんどんみじめな人間としてのカラーを出していく。
それと合わせるように、シゲ子の態度は横暴さを増していく。物語当初は、悲劇的な
人物であるかのようにみられたシゲ子。だが、そんな彼女も、戦場に駆り出される若者を
見送った婦人たちのひとりではあるまいか……?

そうやって、色々とみると、被害者・加害者という枠はなくなってしまう。
浮かび上がるのは戦争の狂気。戦争を行う人間が持つ狂気である。







政治色の強さが(良い意味でも悪い意味でも)ある映画だが、
見て損はない映画であると思う。ただ、それなりの覚悟が必要なことは確かだ。

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怖そうでまだ観ていません

おはようございます。
この作品はあらすじだけ読んで観るのをやめておりましたが、黒 紅 茶さんの書かれた記事を読ませてもらって、まるで観たような気分に今なっています..。
黒 紅 茶さんの文章から感じたことは一言「痛み」です。
身体的にも精神的にも「痛い」です。
人間は本能的に「痛み」から逃げ出す習性があると思うんですが、それでも起こる「戦争」というものは、きっと誰かがどこかで「得」する構図になっているのかなー、、と考えてしまいました。

Re: 怖そうでまだ観ていません

> この作品はあらすじだけ読んで観るのをやめておりましたが、黒 紅 茶さんの書かれた記事を読ませてもらって、まるで観たような気分に今なっています..。

momorex さん、コメントありがとうございます。
そう言っていただけるのはとてもうれしいです。
これからも文章に磨きをかけていきたいと思います!!


> 黒 紅 茶さんの文章から感じたことは一言「痛み」です。
> 身体的にも精神的にも「痛い」です。
> 人間は本能的に「痛み」から逃げ出す習性があると思うんですが、それでも起こる「戦争」というものは、きっと誰かがどこかで「得」する構図になっているのかなー、、と考えてしまいました。


「得」に関しての考えは私も同じように思います。とくに戦争というのは
民族や思想的な対立のものとは別に、“経済のための”側面もありますから。。。
(というか、今日の戦争は後者の理由が大みたいです)



「キャタピラー」はかなりキツい作品です。本編を見ることができなくても、
この映画で使われた元ちとせの楽曲だけでも、よかったら聞いてみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=sXCQitcgvNc
プロフィール

黒 紅 茶

Author:黒 紅 茶
どこかの田舎っぺです。
ブログタイトルの“Of”は
飾りです。偉い人にはそれが
分からないのです(苦笑)
詳しくは「はじめに」を
読んでくださいな。

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