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「花の詩女 ゴティックメード」

昨日・今日で映画を二本も見て金銭的に危うい当ブログ管理人たる黒紅茶。
まずは、見終わったばかりでまだ映画の余韻がたっぷりとあるこの作品について
触れてみたいと思う。

「花の詩女 ゴティックメード」


2、3年ぐらい前からずっと気になっていた作品だ。
(彼のファンはもうかれこれ6、7年間も待ち焦がれていたとかいうが……)

監督は本作が監督デビューとなる永野護。「重戦機エルガイム」で
キャラ&メカデザインでデビューし、「機動戦士Zガンダム」では
様々なメカ(主役機たる百式、そしてキュベレイ)を描く。
だが彼の有名な大仕事は現在進行形の作品たる、
「FSS」だろう。




ちなみに当ブログ管理人は「FSS」についての知識はゼロ。
ZやエルガイムMK-Ⅱのデザインは好きだが、永野信者というような
ヘヴィなファンではない。ただ何かの本で富野監督が
「永野が監督をやったら、何かすごいのができるだろう」的なことを
インタビューで述べていたのを覚えていたから、それもあって気になっていたのだ。

さて、さっさと作品のあらすじに入るとするか・・・。




あらすじ:

惑星カーマイン・プラネット。
この星で、ひとりの少女が旅を始めようとしていた。彼女の名前はベリン。
人々を導く預言者“詩女”(うため)の跡継ぎとなった彼女は、その任を
果たすべく、神官たちとともに聖都「ハ・リ」を目指す。そんな彼女の前に
巨大戦艦が姿をあらわす。惑星約100カ国が加盟する巨大な政治連合体である
「惑星連合評議会」に対し、強い発言力を持つ軍事超大国「ドナウ帝国」の
第三皇子・トリハロンの指揮するものだ。彼は惑星連合の命を受け、テロリストに
命を狙われているとされるベリンを護衛するために到着したのだ。
そんなトリハロンに対し、ベリンは宇宙戦艦を遠ざけるよう要求する。
平和に暮らす人々にとって、兵器は恐怖の象徴でしかない。ベリンは
戦争や軍事力というものを心から嫌っていたのだ。一方のトリハロンは、
詩女も人々の心を操るという点では自分と変わらない存在であると叫ぶ。
二人は旅の道中、ことあるごとに対立を繰り返していく。だがトリハロンは、
旅の先々で民衆に慕われるベリンの姿を見て、しだいに彼女と心を通わせる
ようになっていく。ベリンの方も、彼女を守るために雨に濡れ続けることも
かまわないトリハロンの態度に誠実さを感じていた。

旅の半ば。ベリンを乗せた船の一体を磁気嵐が包む。テロリストが襲撃を
行うことを予想していたトリハロンは、究極の戦闘兵器である「ゴティックメード」の
出撃準備を部下たちに命じる。だがテロリストは先手を打ち、宇宙戦艦に攻撃を加える。
戦艦の格納庫はダメージを受け、たった一機のゴティックメードしか出撃できない状況に
追い込まれた。敵テロリストの駆るゴティックメード“ボルドックス”は、ベリンの船にも
攻撃を加える。危機に陥った一同。この状況を打開するため、トリハロンは唯一発進可能な
ゴティックメードであり、自らの愛機“カイゼリン”を地上に射出させる。愛機に乗り込んだ
トリハロンは、圧倒的な力を持つカイゼリンを駆使し、テロリストの部隊を全滅させる。
その容赦ない戦いぶりを神官たちは非難する。トリハロンは戦士としての業を払えず、
苦い表情を見せる。そんな彼の心は、残骸が残った現場でのある発見によってさらに傷つく。

トリハロンが現場で発見したものは、惑星連合評議会の紋章。テロリストの黒幕はなんと、
トリハロンにベリン護衛を命じた惑星連合そのものだったのだ。彼らは近い将来、
ドナウ帝国の次期皇帝となるトリハロンを失脚あるいは暗殺しようとしていた。
民衆を導く詩女たるベリンも、軍事超大国の皇子であり厚い人望を持つトリハロンも
惑星連合にとって邪魔な存在であったのだ。トリハロンはその事実を前に絶望するが、
そんな彼にベリンは優しい言葉をかける。

聖都「ハ・リ」に辿り着いたベリン一行。護衛の任を終えたトリハロンは彼女のもとを
去ろうとする。ベリンはこれまでのトリハロンに対するお礼として赤い布と、花の種を渡す。
花の種は、旅の道中においてベリンがずっと撒いていたものだった。彼女の願いは、荒野に
緑あふれる自然と花が咲き誇ることであった。そして……。









エンドクレジット後の寸劇(?)については、「FSS」についての知識が皆無なので、
その前の部分について、これから色々と感想とかをつらづらと記してみたいと思う。



まず全体的評価として、
戦闘シーン満載のロボットアニメを期待する人間には勧められない

②ロボットアニメやファンタジーアニメというよりも、どこかディズニーアニメ的

「FSS」を知らない人でも楽しめる作品だが、その手法は「SW」商法的ともいえる。





メカデザインやキャラデザイン、そして世界観の設定におけるレベルの高さは半端ない。
けれども、本作は期待するような壮大なドラマを描いてはいない。むしろ、ロードムービーの
ようなこじんまりとした感じだ。物語の展開も主人公であるトリハロンとベリンの交流に
主軸が置かれており、戦闘シーンは10分にも満たない(ちなみに映画は70分近く!)。
トリハロンとテロリストとの直接対決の見せ場や、ドナウ帝国の軍事力を物語るような
イントロダクションの映像が少しあってもよかった気がしてならない。パンフレットの
インタビューを読むと、永野氏は本作を「ロボットアニメ」として作っていないことが分かる。
ロボットは実際のところ戦争のために殺戮兵器であり、本来は「かっこいい」というような
感情を持つべきではない、忌むべき存在である。
であるから、その戦闘シーンもかっこいいものと
いうより、実にあっさりと(文字通り“機械的に”)過ぎ去っていくのも映画の構造として
考えるならば自然のなりゆきといえる。とはいえ、娯楽作として考えてみると、やはり戦闘シーン
あるいは観客を刺激するようなサスペンス展開を用意していても良かったのではないか?



次に“ディズニーアニメ”と捉えたことについて。
これについては、こう述べるほかない。じっさいにこの映画を観た人には、なんとなく
この言葉の意味が伝わるのではないかと思うが、、、どうだろうか?

牧歌的な背景のなかで繰り広げられる登場人物の会話は、まさに“対話”。
それは戦争と平和に関する矛盾についての対話だ。ベリンはいっけん平和の象徴と言う風に
見えるが、見方を変えれば彼女もトリハロンら戦士が起こす戦争存在と変わらない。
だが、戦争存在(つまり、戦争を起こし、そして関わるもの)たるトリハロンは最初は
ベリンを批判しながらも、彼女の純粋な精神に惹かれていく。立場は違えども、どちらも
真に望むのは流血が少しでも少なくなること――すなわち平和の到来である。

ベリンの旅(映画では“都行”と称されている)はそんな彼女の平和への旅ともいえる。
彼女がさすらう大地の美術造形はとてもきれいだ。なんと本作は近年のアニメではめずらしく、
手描きである。
企画から完成まで6・7年の歳月が流れたというのも、頷けるクオリティだ。
この間見た「009」には、こんな真似はできやしないだろう。最近の宮崎アニメでも、
こういう絵は書けないのではないだろうか?

絵のレベルの高さについては実際にみてもらうほかない。次に注目すべきは“音”。
これはBGMであり、SEであり、そしてCVをあらわす。

オケとシンセの中間的な音楽は映画の作風にマッチ。
何度も流れる川村万梨阿の主題歌は、これぞ主題歌というべきもの。
SE(効果音)は「ユリイカ」の特集でも永野氏が力説していたが、
他のアニメとは違う音だ!
どういう音かと問われても答えるのがとても難しい。ただいえるのは、
「ガンダム」や「マジンガーZ」というような、これまでのロボットアニメで
聞いてきた音とは一線を画すものだということだけだ。本作の見せ場である
ゴティックメード同士の戦闘シーンで、ぜひとも耳を傾けてほしい!

そしてCV――本作で声を当てているキャストがまたすごい。
ベリンを演じるは川村万梨阿。
「聖戦士ダンバイン」のチャム・ファウ、「重戦機エルガイム」のレッシィ、
「機動戦士Zガンダム」のベルトーチカ、「逆襲のシャア」のクェスなど、
富野作品の常連であり、80~90年代を代表する人気声優のひとり。


ベリンを守る、正真正銘の皇子さまたるトリハロン役には佐々木望。
代表作としてよく上がるのが「幽☆遊☆白書」。だが私にとって佐々木氏は
ユリアン・ミンツ以外の何物でもないのだ!!!!!
・・・て、言って分かる人はどれだけかしら(苦笑)
8、90年代はヒーローとかかっこいい役柄を演じていたが、最近の
彼は声が渋くなったからか(?)ヒーロー然としたキャラを演じることが
少なくなってきている気がしていた。そんなこともあってか、彼が演じるトリハロンには
見る前から期待していた。たんなる皇子ではなく、少年としてのナイーブな面を持つ
トリハロンの声のすばらしさはぜひ映像でご覧あれ!


ほかには、、、
ベリンのペット的存在・ラブの声はピカチュウじゃなくて、チョッパーでもなく
デオデオの歌の人でもなく、円谷光彦でもなく、大谷育江。

ベリンの補佐を行う神官アデムをあやめさん(折笠愛)。
トリハロンの側近中の側近ボットバルトをガトー&ネモ船長、そしてスネークを
演じた熱い男――大塚明夫!

ナレーションはフレデリカさん!!!(榊原良子)
テロリストの幹部二人は三木眞一郎&三石琴乃


中堅声優たちによる演技。
そして、ギャラはいくらかかったのでしょうか!?



こういう点から本作をある種の“極上な映画”と呼ぶことも可能と見受けする。


そしてエンドクレジットにはなぜか、

安彦良和(アニタス神戸 動画スタジオ協力)

富野由悠季(Special Thanks)


この二人の名前が(驚)
こいつはいったい???






さて、そろそろまとめとして③について述べたい。

本作は「FSS」はおろか、永野護すら知らない人にも楽しめる作品ではないかと思う。
オリジナルストーリーであることがその大きな理由だ。原作がないことで、「映画」として
機能できているということだ。これは近年、文字通り量産されていく原作つき作品とは
異なるもの、今日では稀有なものだ(ゆえに、インディーズ作品なのだが・・・)。
だが、その感慨はエンドクレジット後に挫かれてしまう。「FSS」を知らないものの、
断言することができる――本作は「FSS」の前座であると。

そういう意味で、「SW」的手法という言葉を用いた。商業手段としては上手い。
だが個々の純粋なる作品として考えると、少し卑怯な気がする。。。いや、この言葉じたい
かなり語弊があるものだ。そもそも純粋な作品など存在しないのだ。いわゆる純文学が
幻想であるのと同じように。だが、私としては本作の終わり方は少し残念だ。
「FSS」や「エルガイム」的な要素と乖離した作品を少し期待していたからだ。
オリジナルという言葉を用いては見たが、本作を「FSS」の前日譚として見るならば、
この言葉を撤回しなければなるまい。








永野護氏の監督デビュー作。
これが最初で最後の監督作品というのはもったいない。彼の監督としての評価は
次の作品によって決められるものと思う。それはつまり、ぜひとも新作を期待するという
ことである。

それか、GAの連載をストップした富野さんとぜひともタッグを組んで!!!
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飾りです。偉い人にはそれが
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