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「狭き門」

卒業というか、上京の時が近づきつつある今日この頃を過ごす、
当ブログ管理人の黒紅茶ぁ。

ノンフィクションに続き、またまた書籍について紹介しようと思う。
アンドレ・ジッドの「狭き門」



あらすじ:

早くに父を亡くした少年ジェロームは、叔父のもとを頼るようになる。
彼の叔父には三人の子供がいた。ジェロームは叔父の長女で二歳上の従姉アリサに
やがて愛情をおぼえるようになる。ところがアリサは彼の愛を拒み、ひたすら
キリスト教を信奉する――彼女は俗世的な、地上の愛を求めてはいなかったのだ。

青年になったジェロームはなおもアリサを諦めることができず、求愛する。
彼はアベルという青年と知己を得て、二人で何度か叔父の家に訪れる。
アベルはアリサの妹ジュリエットに惚れるが、ジュリエットは密かにジェロームを
愛していた。それを知ってか、アリサはジェロームに妹と結婚するよう持ちかけるが、
ジェロームにはアリサしか見えなかった。やがてジュリエットは他の男性と結婚し、
家庭を築くことになる。

ジェロームの愛を受け入れられないアリサ。二人は文通を続けるも、しだいに
精神的に耐えがたいものとなっていく。ひたすら神を求めるアリサに対して、
彼女を愛しながらもジェロームは心の行き場がない。そんな二人の関係は、彼女の
叔父が亡くなってから破局へと加速していく。

しだいに衰弱していくアリサ。彼女はジェロームに別れを告げる。悲しみに暮れる
ジェロームの前に、悲劇の知らせが届く。アリサが病死したというのだ。愛する人の
死に絶望するジェローム。彼はアリサの遺品である日記を手に取る。

アリサの遺した日記には、ジェロームへの深い愛と、それを妨げる信仰心との
葛藤の日々が記されていた。

ときが経ち、第二子を生んだジュリエットは、ジェロームに名付け親を頼む。
アリサのことがいつまでも忘れられないジェロームに対し、ジュリエットは
目を覚ますよう涙を流し訴える……。










恋とは幻想なのだろうか・・・?

ある詩人先生に言われて以来、このことをずっと考え続けてきた。
そして、最近、「幻想かもしれない」と思うようになった。
夢を見過ぎたのかもしれないとも。


ジュリエットが訴える最後の言葉は、いつまでも恋という幻想から離れられない
青年ジェロームを目覚めさせる言葉となったのだろうか?????





神への信仰心の果てに、ジェロームの愛を拒み、孤独に死んだヒロイン・アリサ。
彼女をたんなる頑固者とみるか、宗教が生んだ悲劇の女性と捉えるか・・・。


求愛し続けるジェロームに対し、アリサが放つ言葉は、理解しがたい。

「いいえ、もうその時はすぎてしまいましたの。恋をすることによって、二人が
恋そのものよりもっとすぐれたものをながめることができるようになった日から、
そうした≪時≫はわたしたちから離れていってしまいましたの。あなたのおかげで
わたしの夢は高められ、人の世の満足は、むしろそれをそこねかねないもののように
思われだしてきましたの。わたしはよく、わたしたちいっしょになっての生活が、
どんなものだったろうと考えてみましたわ。二人の愛にしても、それが少しでも
完全なものでなくなるが早いか、おそらくわたしには……それに耐えられなくなったろうと
思いますの」

(新潮文庫版 P170)

彼女の遺した手記には、ジェロームへの愛、文通を求める思いが記されている。
にもかかわらず、アリサ当人は彼の愛に直接、向き合うことができなかった。

あの人なしで暮さなければならないとなったら、何ひとつわたしに喜びをあたえてくれる
ものはなくなってしまう。わたしの徳も、まったくあの人の気に入られたいがためにほか
ならない。それでいて、あの人のそばにいると、その徳が崩れそうになってくる。

(P183)

本の解説では、厳格なキリスト教の教えが彼女を悲劇に導いたような視点が提示されるが、
作家・遠藤周作はあるエッセイで、アリサの悲劇は主人公ジェロームによって誘発されたものと
指摘する。それによると、ジェロームはアリサに対し、極端な幻想(美化)を抱いたがために、
アリサは苦しい背伸びをしなければならなかった。ほんらいは普通の女である彼女は、
ジェロームのために高貴な女性を演じる必要を強いられたのだ――彼を愛するゆえに。

ジュリエットの最後の台詞、「さあ、眼を覚まさなければいけませんわ」を遠藤は
次のように解釈する。

極端な美化作用と結晶作用によって恋人アリサを悲劇に追いやったことをジェロムは
まだ気がついていない。彼はアリサが死んだ後にも自分たちの恋愛がたぐい稀なものだと
思っているのであります。この無知、この無感覚から「さあ、早く、眼を覚まさなければ
いけませんわ」という皮肉と怒りをこめてジュリエットは呟いたのです。アリサを死なせたのは
貴方だったことが、まだわからないのか、という恨みをこめて言った言葉なのです。

(「恋愛とは何か――初めて人を愛する日のために――」角川文庫、P76)




「あなたは、いま、影に恋をしておいでなのよ」
「影にではないんだ、アリサ」
「心に描いておいでの姿に」
「ああ、ぼくはそんなものをつくりだしているんじゃないんだ。アリサはぼくの
恋人だった。ぼくは今、そのアリサに呼びかけているんだ。アリサ、アリサ、君は
ぼくの恋するひとだったんだ。あのころの君は、いったいどうなってしまったんだ?
君は、自分をどうしてしまったんだ? 君は、自分をどうさせてしまったんだ?」

(……中略)
「ジェローム、なぜあなたは、率直に、わたしを前ほど好きでなくなったって
おっしゃらないの?」

「なぜって、それはほんとではないんだからだ」と、わたしは憤然として叫んだ。
「なぜって、君を今ほど好きなことはなかったんだから」

「わたしが好き……それでいて、昔のわたしのほうをなつかしがっていらっしゃるのよ」
(……中略)
「ぼくは、ぼくの恋を過去のものとして扱うわけにはいかないんだ」
(……中略)
「恋をしたって、ほかのものといっしょに過ぎ去って行ってしまうのよ」
「でも、ぼくの恋の気持だけは、死ぬまで君を思っているんだ」
「それもだんだん薄れていくわ。あなたが愛していると言っておいでのその
アリサも、もうあなたの思い出のなかに住んでいるばかり。そのうちには、
アリサを愛していたこともあったっけ、ぐらいにしか思い出されない日が
来るんですわ」

(P159~160)








恋は盲目という。たしかに、ジェロームはアリサを愛していた。けれども彼の愛は、
皮肉にも愛する人の生命を奪ってしまったのだ。それはアリサが天上の愛を求めていたのでは
なくて、ジェロームが彼女に対して幻想を抱き過ぎたが故の悲劇なのだ。

「わたしの考えでは、死ぬっていうのはかえって近づけてくれることだと思うわ……そう、
生きているうちに離れていたものを、近づけてくれることだと思うわ」

(「狭き門」新潮文庫版 P46)









アリサは、その死によって、ジェロームのいわば“愛の押し売り”から
解放されたのかもしれない。

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どこかの田舎っぺです。
ブログタイトルの“Of”は
飾りです。偉い人にはそれが
分からないのです(苦笑)
詳しくは「はじめに」を
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