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「モラン神父」

昨日は嫌な友人と会いそうになってブルーな一日を
過ごした、当ブログ管理人の黒紅茶。。。

今日は昼から大学で反省会をやるが、その前に
ブログの更新を行いたい。紹介する映画は、
ジャン=ピエール・メルヴィルの「モラン神父」



あらすじ:

第二次世界大戦中の、フランスのとある町。
イタリア軍に制圧されていたこの町で暮らすシングルマザーのバルニー。
無神論者である彼女は、ひやかしで教会に入り、懺悔の相手にモランという
若い神父を選ぶ。論争を仕掛けるバルニーにたじろぐことなく、逆に彼女を
説き伏せてしまうモラン。それから二人の交流ははじまる。バルニーは
モランから本を借りるために彼の部屋をたびたび訪問し、議論しあうようになる。

二人が暮らす町は新たにドイツ軍の支配下に置かれる。外出時間の制限など
抑圧は厳しくなる。質素で利他的なモラン神父と交流するうちに心が変わって
いくバルニー。彼女はキリストの教えを受け入れるようになる。だが、それとは
別に、彼女にある感情が芽生えようとしていた。

イタリア軍とドイツ軍が撤退し、町は自由を手にした。
バルニーとモランとの交流はなおも続く。バルニーはあることからやがて
モランに恋心を抱き、彼との情事を求めるようになる。だが神父であるモランは、
彼女の求めをかたくなに拒み、懺悔するよう助言する。

地方の村に布教するため、モランは町を離れることとなった。バルニーもまた
勤務する学校の移転に伴いパリへの引っ越しが決まる。ある夜、彼女がモランの
部屋に向かうと、部屋にあった家具はすでになくなっていた。わずかな荷物で
旅に出ようと準備するモラン。彼への恋が叶わぬことを知ったバルニーは、
モランに別れを告げ、ひとり涙を流しながら夜の小路を歩く……。








敬虔な神父を演じるは、ジャン=ポール・ベルモンド。
私のなかではゴダールの「勝手にしやがれ」「気狂いピエロ」の演技が
すごく印象的で、そのためにこの映画での演技に驚いた。
“こういう優しい役もやるんだなぁ・・・”というふうに。


映画の主軸は神父とひとりのシングルマザーだが、
その周辺のドラマや描写も面白い。

ファシズム陣営の支配下に置かれた町。
主人公であるバルニー(演:エマニュエル・リヴァ)は夫を亡くし、
子供を知り合いの老婆に預け、学校で働いていた。物語の最初、彼女は
自分の子供に洗礼を受けさせる――亡夫はユダヤ人であるためだ。
中盤でも、ユダヤ人が追放される描写が見られる。彼らはナチス・ドイツの
ホロコーストの犠牲者となる――つまりバルニーが子供に洗礼を受けさせたのは、
ユダヤ人の血が混じる自分の子供を守るためだった。そんな彼女は無神論者。
レジスタンス運動にかかわっていると思われるが、具体的描写はない。


夫の不在、戦争による不安のなか暮らすバルニーは、学校で校長の秘書をする
サビーヌという女性に惹かれている。作中、バルニーと学校の同僚とが二人きりで
一緒にいる場面が何度か出てくるが、これは彼女のなかの同性愛を暗示している。
孤独感が、同性愛の感情をバルニーにもたらしてるのだろう。


情緒不安定は言い過ぎだが、不安と孤独感を抱えるバルニーにとって、
教会の神父というのはからかいようのある人間に思えた。戦争において教会は
無力な存在と見なされたのだろう――じっさいにそうであるように思えるが。
(ヘミングウェイの「誰がために鐘はなる」において、スペインゲリラによる
虐殺の場面がある。虐殺の犠牲者には教会の司祭も含まれていたことを思い出した)


ところが、からかおうと思った神父が曲者であったわけだ。
バルニーがモラン神父に惹かれるなりゆきは当然である。しかし、モランは
彼女の想いを拒絶する。バルニーはモランを愛していたかもしれない。しかし、
モランは彼女を愛してはいないのだ。あるいは、アンドレ・ジッドの「狭き門」
ように、キリスト教的価値観が二人の恋愛を阻害しているのか・・・?








この映画から得る教訓、それは・・・



イケメン神父に惚れることなかれ


かな。

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モラン神父

悲しき恋愛に成るよね。カトリックの神父は結婚出来ない。つまり辛い別れになるかもだね、観てないけどモラン神父。立派な神父様だったんだろうなぁ、イケメンだし惚れても仕方ないだろうなぁ、思うけど、反面愛した女性を、妻にに出来ない神父職の辛さも考えちゃいます。

Re: モラン神父

眼鏡きこきこ 様

はじめまして、ブログ管理人の黒紅茶と申します。

> 悲しき恋愛に成るよね。カトリックの神父は結婚出来ない。つまり辛い別れになるかもだね、観てないけどモラン神父。立派な神父様だったんだろうなぁ、イケメンだし惚れても仕方ないだろうなぁ、思うけど、反面愛した女性を、妻にに出来ない神父職の辛さも考えちゃいます。

モラン神父は果たしてヒロインの未亡人をどう見ていたのか・・・?
それは映画を見ての考察として…。そうですね、悲恋であることは間違いないですね。

恋する神父

こちらをきっかけに、映画を見ました。
そりゃ、やっばり神父のほうも好きだったでしょう。
司祭館の鍵を渡したり、家を訪ねてきて家事や子どもの世話をしたり‥二人で教会の鐘を聞きながら立ちつくすシーンや、彼女から無理やりオノを取り上げるシーンなど、何かエロティックです。激し過ぎる拒絶にかえって、神父の葛藤が見えると思いませんか?
それに、最後の〝来世で会おう〝というせりふ。原語とは意味の違いがあるかもしれませんが、キリスト教の来世って、天国では?神父様が普通、こんなこというかなぁ‥?
それに、最後のシーン、彼女が去った後もしばらくド
アの前に立っていますね?

Re: 恋する神父

ムーミン・モラン 様

コメントありがとうございます。

神父もバルニー未亡人のことを好いていた…と私も思います。
彼は聖職者ゆえに彼女を女性として愛そうとしなかった、というより
できなかったのでしょう。天国ではなく、「来世」という言葉を
使ったのも、キリスト教観漂う世界とは違うところで結ばれることを
祈るといったたぐいなのやもしれません。
恋愛にまったく興味がない男という風に考えるのは邪推でしたね。



思ったことをダラダラ書くブログですが、
今後も宜しくお願いします。
プロフィール

黒 紅 茶

Author:黒 紅 茶
どこかの田舎っぺです。
ブログタイトルの“Of”は
飾りです。偉い人にはそれが
分からないのです(苦笑)
詳しくは「はじめに」を
読んでくださいな。

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