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「暗殺の森」

ベルナルド・ベルトリッチの「暗殺の森」を見た。
ほんとうはこの作品を見た後に「1900年」を見るのが順序と
いうものだろうけど、まあそんなことはどうでもいいか。
てことであらすじに入ろうかと思う。



あらすじ:

第二次世界大戦前のイタリア。
マルチェロは幼い頃、リノという運転手の男に性的関係を強要され、
彼の拳銃を奪って正当防衛のもと射殺した過去をもつ青年。その過去を
拭い去ろうと、彼は台頭していたファシズムに傾倒する。盲目の友人イタロの
推薦によって秘密警察の一員となったマルチェロは、大学時代の恩師でもある
クアドリ教授の調査を命じられる。彼は反ファシスト運動の精神的主柱であった。
マルチェロは婚約者のジュリアと新婚旅行を名目にパリへと向かう。

当初の目的はクアドリの身辺調査によって反ファシスト勢力の情報を
入手することであったが、途中でも目的はクアドリの抹殺へと切り替わる。
クアドリ家を訪問したマルチェロとジュリアは、そこでクアドリ夫妻の
歓迎を受ける。マルチェロはクアドリの新妻アンナに惹かれるが、
彼が秘密警察の一員であるとはじめから勘付いていたアンナは軽蔑する。
またクアドリは、やがてマルチェロもファシスト思想を捨てる日が来ると
予言する。複雑な思いにかられていくマルチェロの前に、彼の護衛と
監視を務めるマニャニエーロがあらわれる。彼はマルチェロが必要以上に
アンナと関わるのを快く思っていなかった。マルチェロはアンナから夫で
あるクアドリが翌日パリを経って別荘へ向かうこと、マルチェロとジュリアが
遊びに来ることを歓迎していることを聞かされる。

アンナを殺したくないマルチェロは、彼女を引き留めようとする。だが翌日、
パリを経つクアドリの車の助手席にはなんとアンナが座っていた。それを知って
マルチェロはクアドリの車を追うが、秘密警察の一員によってクアドリは刺殺され、
アンナも口封じのために射殺されてしまう。目の前で繰り広げられた残忍な出来事に
マニャニエーロは悪態をつく。マルチェロは車内から茫然と見ているだけであった。

数年後。
イタリアではムッソリーニ政権が崩壊し、ファシスト勢力の時代も終わりを迎えようと
していた。ファシスト狩りを恐れる友人イタロとともに夜の街を歩くマルチェロは、
そこで幼少期に自分の手で殺したはずの運転手リノの姿を目撃する。彼はリノを
射殺したと思いこんでいたに過ぎなかった。激しく動揺したマルチェロは、群衆に
イタロがファシストの一員であると叫ぶ。マルチェロはもはやファシストではなく、
同性愛を隠し生きていた哀れな男であった……。










同性愛のトラウマを隠すためにファシストのふりをして生きていた男の
顛末の物語が、本作「暗殺の森」であった。


ファシズムに傾倒する青年マルチェロ(演:ジャン=ルイ・トランティニャン)は
自らの同性愛経験を封じ込めファシズムに走る。大学時代の恩師である反ファシストの
クアドリ(演:エンツォ・タラシオ)は、そんな彼の心を見抜いてか、やがてマルチェロが
ファシズムを捨てると予言する。彼にとってマルチェロは臆病な人間であったのだ。
その臆病さはマニャニエーロに護身用の拳銃を預ける場面や、映画のクライマックスとも
いえるクアドリ殺害の場面であらわれる。また最後には、恩師の予言通り、彼はいとも
たやすく、長い間傾倒していたファシズムを捨て、さらに昇進のきっかけを作ってくれた
盲目の友人をも売り渡してしまう。さらに最後はどこの馬の骨かも分からぬ半裸の若い男と
一緒にいる(マルチェロが同性愛者の本性をあらわしたということなのだろうか???)。
また忘れてはならないのは、冒頭における家族関係。ボケた父親と薬物依存の母。
母親の愛人(?)を部下に命じて追い払うところには、エディプス・コンプレックスの
要素も感じられた。これはベルトリッチの師匠パゾリーニの映画でもよくみられたところだ。

マルチェロとは何者だったのか――いうまでもなく、ファシズムの風刺だ。
「1900年」のドナルド・サザーランド演ずるアッチラがそうであったように。
この映画におけるマルチェロはファシズムの残虐性と馬鹿馬鹿しさを訴える存在なのだ。
マルチェロとジュリア、そしてクアドリとアンナの四人が食事をする場所が
中華料理店というのも色々と意味深いものを考えさせられる。


ファシズムの残虐性があらわれる、クアドリ夫妻の虐殺シーン。
クアドリは待ち構えていた秘密警察の一員によってメッタ刺しにされ、雪の上に崩れる。
夫の死に取り乱すアンナ(演:ドミニク・サンダ)は後ろの車へ助けを求める。
車の後部座席に座っていたのはマルチェロ。その姿を見てアンナは言葉をうまくいえず、
ただただ絶叫し、森へと逃げ去る。秘密警察の一員は拳銃を持って彼女を追い詰め、
やがてアンナは顔を撃たれて死ぬ。当時、ドミニク・サンダは19歳。とても、
そうは思えぬ大人びた美しさと演技だった。



クアドリ夫妻が死亡したのち、悪態をつくマニャニエーロ(演:ガストーネ・モスキン)の
言葉が興味深い。あれはマルチェロへの悪態であると同時に、ファシズムに対するもの
だったのではないだろうか・・・? 邪魔者を秘密裏に始末するその卑怯な振る舞いは、
卑怯を通り越してただの臆病になったのだ。


そんな、インモラルの権化ともいえるマルチェロを愛する
ジュリア(演:ステファニア・サンドレッリ)もまたインモラルといえる。
叔父との近親相姦によってすでに処女ではない彼女は、ダンスパーティの場面では
なんとアンナとダンスを踊る。女性同士のダンス。ふたりのセックスシーンはないが、
どことなく同性愛を匂わせる場面だ。だが、マルチェロの本性があらわれたラストと
比較して考えると、アンナとジュリアの関係には美的なものが感じられる。それは
何よりもふたりが美人だからだろうが、それだけではない。マルチェロの同性愛には
病みが感じられた(映画の最後の最後まで彼はそれを隠してるわけだし)、たいして
アンナとジュリアにはその病みがない。ジュリアはあっさりと自分が処女ではないことを
告白しているし、アンナもイタリアの友人のことやマルチェロに対する複雑な思いを
きちんと感情であらわしている。





ファシズムを風刺する要素がいくつもみられるが、そういった政治性を
抜きにしてもこの映画はそのドラマからして面白い。暗殺実行当日の車内で
マルチェロがそれまでの出来事を回想するという物語の展開の仕方はうまく、
また最後のオチもなかなかのものだ。死ではなく(一種の)、精神崩壊で
物語が終わるというのは本当に救いがない・・・。


と、物語ばかり注目してきたが、やはりそれ以上に印象深いのは
カメラワークだ。撮影監督はヴィットリオ・ストラーロ。
ベルトリッチ映画の常連でもあるそうだ。カメラを斜めに傾けた状態で
回したり、追跡シーンでの画面の揺れなど、各シーンに特色があり、眼を離せない。
またフランソワ・トリュフォー映画の常連でもあるジョルジュ・ドルリューによる
テーマ音楽も心に残るものだった。彼の音楽がなければ、本作もただの変態映画に
終わっていたかもしれない――というのは少し安直な考えか。









いまから40年ほどまえの映画だが、しょうじき古さは感じられなかった。
レンタルDVDで見たが、この映画なら買っていいかもしれない。


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詳しくは「はじめに」を
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